プロローグ
高校一年の夏休みももうすぐ終わるというのに、鍵山信乃は自宅で寝転んでボーッとしていた。
服装は、白いTシャツにジーパンというラフなもの。髪はボサボサで、気が抜けたように、リビングの床に倒れている。
もう日が暮れそうで、狭い部屋の窓からオレンジの夕日が差し込んでいる。
「あぁ、晩ご飯の支度しないといけないな。」
信乃の両親は、母は小さい頃にいなくなった。なぜなのかは信乃自身覚えていない。
父は仕事の関係で家に帰ってくることはほとんどない。
そのため、一人っ子の信乃は、彼女ができるわけもないので、一人で暮らしている。
朝倒れてそのまま寝ていた洋風の床から立ち上がり、数歩ふらついて歩く。
そして冷蔵庫を開ける。
中はすっからかん。なにも入っていない。冷気が気持ちよかったので、そのまましばらく固まっていが、電気代がもったいないので閉める。
食料がないので、買い出しに行くしかない。
この暑い中、外に出るのは自殺行為に等しいと、信乃は考える。
動くことすら面倒な信乃にとっては、それ以上かも知れない。
冷房も掛けず、窓を閉めきっているこの部屋と、外とではどっちが暑いか分からないが。
自分が買い出しに行かないと、誰も行ってくれない。
身体を持ち上げ、軽く伸びをすると、全く動かしていない骨がポキポキと鳴った。
誰も通らない静かな裏路地で、信乃は足を止めた。
ここは目的地への近道。
ゴミが散乱し、酷く臭うこの道をいつもは使用しないが、もうさっさと終わらしたかった。
そんな汚い道の角で、十歳くらいの少女が一人、膝を抱えてうずくまっている。
規則正しく背中が上下しているのを見ると、眠っているだけのようだ。
身なりは、ゲームででてくる奴隷のようなボロボロの服。
髪が赤いところを見ると、外国人だろうか?
「外国人って髪赤い人もいるんだなぁ。」
呑気にそんなことを考える。
信乃としては、このまま放置して早く買い物を済ませたい。
でもこんなところで、もしロリコンの変態野郎に見つかったら......
という普通の人はまず考えられない考えがパッと頭に浮かぶ。
信乃は少女に近づき、
「こんなところで寝てじゃいけないよ?」
と優しく声を掛ける。
だが、少女は余程深く眠っているのか、目を覚まさない。
「ねぇ」
肩を揺すっても、起きる様子はない。
安らかな寝顔を見ていると、自分が住んでいる部屋で寝かせてあげようと思ったが、少女を自宅に連れていってしまっては、見方によっては変態だ。
「どうしようかな......」
大きな声で起こすのも、可哀想だ。
だが、そうしないと起きない気もする。
数分の思考の後、決めた。
とりあえず買い物を済まして、後でもう一回ここに来よう。
ここからスーパーまで少しだし、大丈夫だろうと、半ば思考を投げ出した。
そして歩き始めた。
少女と出会った場所に戻ってくると、いた。
十分前と姿勢が全く変わらずに、眠っている。
もうこのまま家に連れて帰ろうかな。
本気でそう考え始めたその時、少女がうっすらと目を開けた。
茶色く、濁った瞳。
なにかに絶望したような、そんな色。
気になったが、また眠ってしまわない内に話しかけた。
「君、どうしてここで寝てたの?」
「.............」
少女はたっぷりと時間を用いた後、ゆっくりと首を横に振った。
「分からないの?」
少女は頷く。
「じゃあ、お家は分かる?」
横に首を振る。
......困った。こういう時は、警察に行くんだっけ? いや、こんな時は......
少女は信乃を不思議そうに見上げていたが、やがて視線を落とし、眠ってしまった。
「あ、そうだ。君、名前は......」
信乃が少女が眠っていることに気が付いたのは、五分後のこと。