ラジオ∞ループ
いつも暗くて重い話をすいません。今回も…
羽垣色忍のオールナイトロング 御中
東京都南多摩市両面町○―○―○ メゾンZ304 有名希望 田網寧太
前略
いつも楽しく聴かせていただいてます。
いつもはリスナーネーム《昼夜逆転浪人》と名乗っていますが、今回は実名でお願いします。ぜひ、住所も全部、アパート名から部屋番号まで紹介いただければ幸いです。
といいますのは、今回の「真夏の夜のノンストップホラー特集」で、どうしても読んでいただきたいエピソードがあるからなのです。
ボクは毎年企画されるこの怪談特番で、まだ一度も読まれてはいませんが毎年投稿しているのです。今年こそは、と伝手を頼りに怪談や心霊体験を集め始めたことが発端になりました。
友人たちにスマホで話をきいているなかで、何人かからボクを身に憶えのないところで見たといわれたのです。あるときは、いったこともない町でクルマを運転しているボクを見たとか、ボクが寝ているような時間帯にモールで見かけたとか…
彼らは口々に仕草がボク特有のものだった、というのです。
「それはボクじゃない」というと、なかの一人は冗談まじりに「ドッペルギャンガーじゃないか?」といいました。
そこでボクはあることを思い出しました。
高校生のときに読んだ本に「ドッペルギャンガー」のことが書かれていたのです。それはリサイクルショップで衝動買いした古い本で、あるフランス文学者が書いた心霊関連のエッセイでした。
本棚を端から端まで探して、埃をかぶった本を見つけました。そこには著名な文豪の「どっぺんげんげる」という短編小説のことが書かれていました。とても短いエピソードで、主人公が神田の古書店街で物色していたら、店のウィンドーに自分とそっくりな男が映って、ふり向いたときにはどこにもいなかったという、とりとめのない話なのです。
「どっぺんげんげる」とは、まぎれもなく「ドッペルギャンガー」のことです。著者いわく、この文豪には「ドッペルギャンガー」ネタの作品がけっこうあるらしく、そのなかでもこの作品は文豪自身の体験だったのではないか、という考察もありました。
また「ドッペルギャンガー」とはドイツ語で「重なって行く人」という意味だとも書かれていました。本人が目撃すると、死期が近いといわれているとも。
ボクの考察では「行く人」、つまり「逝く人」。「逝く人」に似ているという意味かもしれません。
気になってネットで、その「どっぺんげんげる」という作品が収録されている本を探しましたが、この文豪のどの作品集にも見つけることができませんでした。
話はここからなのです。
ボクはリスナーネームのとおり、昼間寝て夜に音楽を聴きながらマンガを描くという生活を送っている人種です。プロのマンガ家ではありませんが、プロを目指して日々研鑽しているつもりです。ふだんはメモリーに録りためたフェバリットチューンを聴いていますが、木曜日だけは楽しみにしているこの番組を聴いています。
どのくらい前かわからないのですが、ある木曜日、いつものようにこの番組を聴いていました。「ながら聴き」なのですぐにはわからなかったのですが、そのうちに先週と同じ内容を放送していると気づいたのです。
ボクは、なにかの事情があって再放送をしているのだろうと思いました。ただ、パーソナリティの羽垣色忍さんになにかあってのことだとしても、放送したばかりの先週のモノをもう一度流すのか?と訝しくも思いました。そんなワザなしのことをいっぱしの放送局がやるだろうかと不可解でもあったのです。それだけ急な事情があったのだろうな、とそのときは考えるしかありませんでした。
ところが翌週、また同じ内容の放送をしているんです!
しかもなんの説明もなく、いつもどおりに始まるんです。これはいくらなんでも酷すぎる、と思いました。さすがにツッコミのメールを送ったのですが、なんの反応もありませんでした。
考えてみれば、ボクとおなじように不可解に思っているリスナーが、ほかにいっぱいいてもおかしくないですよね。そんなメールは一切紹介されることなく、番組は終わりました。ボクは呆れ果てて怒る気にもなれませんでした。
このときボクはまだ、自分のまわりに起こっていることに気づいていなかったのです。
冷静に日々の自分の生活サイクルを顧みると、ボクは生身の人間と接することがほとんどないのです。
ボクは毎晩ではないですが、深夜に夜食を買いにコンビニにいきます。そこはセルフレジなので、いつも店員を見ません。バックヤードに居るのでしょうが、なにかない限りは出てきません。
夜が明けて明るくなってくると、ボクは寝床に就くまえに窓越しに外を見ます。早々と出勤する人のうしろ姿を見送ります。なにが悲しくて、こんなに早朝から出かけなくてはいけないのかと思うと、リスペクトしかありません。ボクには絶対できないことですから。ただ、彼らに声をかけることはありません。
夕方起きてからも、人とかかわるのが嫌いなボクは、深夜まで家を出ません。TVもこの部屋にはありません。部屋にいる間じゅう、ずっとネットの動画を観るか、音楽を聴きながらマンガを描いています。
友人たちもボクの生活サイクルを知って呆れているのか、最近は連絡してこなくなりました。なにかのときには、ボクの方から連絡しないと情報が得られない状況なのです。
なによりボクは、そういう人づき合いを煩わしいと感じるのです。昔から紙と鉛筆を持たせておけば、おとなしい子どもだったと親戚からよくいわれました。マトモに働きもしない息子が気に入らない親がうるさいので、いまは家の近くのアパートで独り暮らしをしています。
そうです。ボクはメールなどではライト感覚を装ってはいますが、実は極めつきの没社交性人間なのです。早い話が「ひきこもり」です。なので自分のまわりに起きている異常事態に気づくのに、ずいぶん時間がかかりました。
翌週も、その翌週もおなじ放送を聴いて、さすがにおかしいと思ったボクは数少ない友人に連絡してみました。だれにかけても繋がらないのです。ただ自分のなかでは、おなじ週がくり返されていると推察しました。どうしてこんなことになっているのか理由はわかりませんが、それを確かめたかったのです。
それでもボクはコンビニで店員を呼び出したり、出勤途中の人に声をかけたりするのに躊躇いがありました。なにも起きていないとすればボクはどう見られるか、アイツはちょっとおかしいのではないかと思われる、とそんなことばかりを気にするのです。
ボクは実家にいってみました。生活習慣を変えられないボクは、家人が絶対居るであろう深夜に訪れたのです。そこでやっと確信を得られました。こんな時間なのに家人は居ませんでした。そんなことがあるわけないんです。オヤジ、オフクロは、ここで就寝していなければいけないはずなのです!
それどころか、もっと異常なことに気がつきました。
外部の情報を取得するすべであるネットやラジオを聴いて呆然となりました。毎週おなじ放送をしていると思っていたのですが、くり返しているのは週単位ではなかったのです。
毎日、おなじサイクルで過ごし、おなじ景色を窓から見ているボクには、その変化がなんら感じ取れなかったのですが、ネットはコンテンツが変わらず、ラジオも日々おなじ放送をしていたのです。コンビニに何回いっても、翌日には前日とおなじだけのカネがサイフに入っています。
なぜかわかりませんが、ボクはこの放送を聴いた、いつかの木曜日に閉じ込められているみたいなのです!
ここからはボクの考察です。
「ドッペルギャンガー」の件に戻ると、本人が遭遇すると死期が近いといわれていますが、本人が知らないところで影が活動しているとすれば、本人はある結界に封じ込められてしまうのではないでしょうか。
タイムパラドクスの法則によれば、おなじ時空に同一人物が複数存在できないというではないですか。友人たちが見たというボクの影が実在するなら、どちらかが消えるのではないですか?
それを知らないボクは現在から消されていて、無限ループした過去の時間で最後のシーンをくり返しているのではないですか?
そこでお願いです。
上記の住所とボクの実名を公表して、どなたか所在確認をしていただけないですか。公表はどうしてもできないということであれば、番組のスタッフの方でも結構です。
どうか、ボクを尋ねてください。そして、もしそこにだれか居れば、必ずリスナーネームをきいてほしいのです。見た目はボクでも、ホンモノでない影かもしれないですから。
もし、このメールが届いたなら、ぜひよろしくお願いします。
草々
了
連載中の『ブルーサバーバンスカイ』も、よろしければ読んでみてくださいね。こちらはホラーではありませんけど。




