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処刑された悪役令嬢ですが、今度こそ、あなたは私を信じてくれますか 〜一度目は私を断罪した王太子が、二度目はどうしてか、甘いのです〜

作者: 中身無男
掲載日:2026/06/24

二度目だと、気づかれてはいけない。


悟られた瞬間、私はまた、断頭台へ送られる。


——なのに、初日から、誤算が二つ。


一つ目は、義妹ミレーユ。


「お姉様。まるで、これから起きることを、ぜんぶ知っているみたいね」


首をかしげて微笑む彼女に、背筋が冷えた。


そして二つ目が——


「シャル」


振り向くと、アロイス様が、すぐ後ろに立っていた。


「逃げ足が速いな。捕まえるのに苦労する」


からかうような口ぶり。なのに、目は笑っていない。


「君は、私を見るたび、目を逸らす。そんなに、私が怖いか」


否定できなかった。


「理由は聞かない。今はな」


彼は、すっと身を引いた。踏み込まないと決めたように。


「ただ、覚えておけ。私は、君を怖がらせたいわけじゃない」


殺された記憶があるのに。


その人の優しさに、揺れている自分が、いちばん怖かった。





一度目のことを、私はぜんぶ覚えている。


ミレーユが、健気な義妹の顔で私を陥れたこと。


「お姉様にいじめられた」と、嘘の涙を流したこと。


それを、アロイス様が信じたこと。


そして——私が、断頭台に送られたこと。


ミレーユが欲しかったのは、アロイス様だった。


姉である私を消して、婚約者の座に収まる。そのために、私を殺した。


世間は、あの子の涙に騙された。


けれど、もう騙されない。私は、あの子の本性を知っている。


だから今度は、生き延びる。そのために、何でもする。


——一度目、私が殺された、最大の理由。


それは、いざというとき、アロイス様が私を信じなかったことだ。


私の言葉は、何ひとつ届かなかった。誤解されやすい女の弁明など、誰も聞かなかった。


なら、変えるべきは、そこだ。


ミレーユの嘘が来る前に、アロイス様に、私を信じる理由を作っておく。


恋ではない。情でもない。


これは、生き延びるための、布石だ。





「殿下と、お話がしたくて」


中庭で声をかけると、アロイス様は、めずらしく目を見開いた。


私から近づいたのは、初めてだったから。


「珍しいな。雨でも降るか」


「……ご挨拶に、伺っただけです」


うまく、笑えなかった。


取り入ろうにも、言葉が、ぎこちなく上滑りする。


「最近の、その……お加減は、いかがですか」


「加減?」


「お、お忙しいでしょうから。お身体を、大切に」


——ひどい。何を言っているのだろう、私は。


アロイス様は、しばらく私を見て、それから、ふっと目を細めた。


「シャル。君、何か企んでいるな?」


息が、止まった。


「い、いえ」


「いや、企んでいる。急に近づいてきて、世辞を言おうとして、失敗している」


見抜かれている。


冷たい汗が、滲んだ。——この人は、鋭い。


「だが」


アロイス様の声が、少しだけ、和らいだ。


「下手な世辞を、必死にひねり出す君は……悪くない」


「……からかわないでください」


「からかっていない。また、来るといい」


逃げるように立ち去る私の背中に、彼の視線が、いつまでも残っていた。





それから、私は何度も、彼のもとへ通った。


ぎこちないまま。下手なまま。


それでも、言葉を交わす日が、少しずつ、増えていった。


ある日の茶会で、私は、令嬢たちの輪に、うまく入れずにいた。


相槌の間が、いつも一拍遅れる。気の利いた言葉が、口の中で固まる。


「シャルロット様?」


令嬢の一人が、扇の陰で、くすりと笑った。


「私たち、お邪魔だったかしら。あなた、いつも黙っていらっしゃるから……見下されている気がして」


違う。ただ、うまく言葉が出ないだけ。


けれど、それを言えば言うほど、墓穴を掘る。私は、黙るしかなかった。


「——見下している?」


横から、声がした。


アロイス様だった。少し離れた窓辺から、こちらへ歩いてくる。


「悪いが、さっきから見ていた。彼女は、君たちの話に、必死についていこうとしていた。ただ、言葉にするのが、下手なだけだ。それを見下しと取るのは——君たちの、勝手な誤解だろう」


令嬢たちが、青ざめた。


私は、彼を見上げた。


「殿下……どうして」


「見ていれば、分かる」


アロイス様は、こともなげに言った。


「君は、不器用なだけだ。それを悪意だと決めつける連中のほうが、よほど質が悪い」


一度目、誰も言ってくれなかった言葉だった。


私の弁明を、誰も聞かなかった。あの断頭台の上でさえ。


なのに、この人は。


何も言わなくても、見て、分かってくれた。


胸の奥が、熱くなった。





その日から、アロイス様は、よく私を庭へ誘った。


とりとめのない話をしながら、二人で歩く。それだけの時間が、いつのまにか、苦でなくなっていた。


その日も、薔薇の小道を抜けようとして——私は、足を止めた。


生垣の向こうに、淡い紫の花が、咲いていたから。


「どうした」


「……あの花は、少し。ネレイアは、苦手なのです。触れると、手が腫れてしまって」


言ってから、少し、恥ずかしくなった。花ひとつ触れない、と打ち明けるのは。


けれどアロイス様は、笑うどころか、ごく当然のように、私とその花の間に立った。


「では、近づかないことだ」


「殿下が、避けてくださらなくても」


「いや。君が触れて腫れるくらいなら、私が摘んで捨てるほうが、早い」


そう言って、彼は、何でもないように歩き出す。


私の歩く先から、その花を、さりげなく遠ざけながら。


——こういう人だっただろうか。


一度目、私を断頭台へ送った、あの人は。


隣を歩くだけで、胸の奥が、じんと痺れた。





「シャル。手を」


庭の段差で、彼が、自然に手を差し出す。


迷って、その手を取ると、彼は、ほっとしたように笑った。


「やっと、逃げなくなったな」


「……逃げて、いません」


「いや、逃げていた。会うたび、君は半歩、後ろに下がっていた」


気づかれていた。


「今は、ほら」


繋いだ手を、軽く引かれる。


半歩、距離が縮まって、私は彼の正面に立っていた。


「ちゃんと、私を見ている」


その声が、優しすぎて。


私は、目を逸らせなかった。


「殿下は」声が、震えた。「どうして、私に、こんなに……」


「分からない」


彼は、正直に言った。


「ただ、君を見ていると、胸が騒ぐ。失いたくない、と思う。——理由は、自分でも、分からないんだ」


理由を、私は知っている。


一度目、この人は、私を失った。自分の手で、断頭台へ送って。


その記憶が、ないはずなのに。


魂のどこかが、覚えているのだろうか。私を、失ったことを。


「アロイスでいい」


彼が、私の手を、両手で包んだ。


「もう、君は、私の隣にいる。逃げないでくれ」


その温もりに、私は、抗えなかった。


——堕ちた、と思った。


布石のはずだった。生き延びるための、ただの計算だったはずなのに。


気づけば私は、この人に、恋をしていた。


一度目、私を殺した人に。二度目、私を救おうとしている、この人に。





私とアロイス様のことは、すぐに、ミレーユの耳にも入った。


「お姉様、最近、アロイス様と仲がよろしいのね」


お茶の席で、あの子は、いつもの可憐な笑みを浮かべた。


「妹として、嬉しいわ。……本当に」


嘘だ。


その目の奥に、暗いものが走ったのを、私は見逃さなかった。


アロイス様は、あの子が欲しがったもの。私を消してでも、手に入れたかったもの。


その人が、私の隣にいる。あの子のほうを、見ていない。


——あの子が、黙っているはずがない。





それは、別の茶会の席で、起きた。


ミレーユが、ふいに、目を伏せた。


「お姉様。先日は……ごめんなさい。私が、悪かったの」


何の話か、分からなかった。


そんな諍い、覚えがない。——一度目にも、こんなことは、なかった。


「私、お姉様のことが、大好きなのに」


涙ぐむミレーユに、令嬢たちの視線が、集まる。


そして、その視線が、ゆっくりと、私に移った。


妹がこんなに健気なのに。姉は、なぜ、何も言わないのか、と。


言葉を、探した。


——探しているうちに、もう、遅かった。


気づいたときには、私は、義妹を泣かせた、冷たい姉になっていた。


口下手な私が、言い返す隙など、あの子は、最初から、与えなかった。


ぞっとした。


これは、私の知らない筋書きだ。


一度目のあの子は、こんな手は、使わなかった。


私が、アロイス様に近づいたから。私が、歴史を変えたから。


あの子は、私の記憶にない手で、動きはじめている。


——記憶が、もう、当てにならない。





翌日、王宮が、ざわめいた。


ミレーユが、倒れたという。


「毒です」


侍医の言葉に、息を呑んだ。


「召し上がった茶に、ネレイアの毒が。幸い、量は少なく、お命に別状は」


ネレイア。


——あの花。


私が、触れることすらできない、あの花の毒。


「その茶は」侍女が、震える声で言った。「シャルロット様から贈られたものだと、ミレーユ様が」


贈っていない。


そんな茶、私は、贈っていない。


けれど——昨日、皆が見ている。義妹を泣かせた、冷たい姉を。


動機は、できあがっていた。昨日のうちに。


そして、調べの者が、私の私室から、それを見つけ出した。


「ネレイアの毒の、残りかと」


私の部屋から、毒が出た。


仕込まれたのだ。私の知らないうちに。


動機。機会。物証。


——三つが、揃っていた。


「お姉様」


寝台の上で、ミレーユが、か細い声で言った。


青ざめた顔。けれど、その目の奥が、笑っていた。


してやられた。


不仲を見せつけた、その翌日に、毒。


昨日と今日が、一本の線で繋がって、私の首を、絞めにかかる。





「シャルロット様を、捕らえよ」


その声が上がるのに、半日も、かからなかった。


私は、なすすべもなかった。


「贈っていない」と言っても、証明できない。


引き立てられる私の前に、アロイス様が、立っていた。


その顔を見て、心臓が、凍った。


迷いの色。疑いの色。


一度目、私を断罪したときと、同じ目。


「アロイス様」


声が、掠れた。


「私は、やっていません」


言葉が、続かなかった。


説明できない。何ひとつ、証明できない。


ああ、と思った。


これは、一度目と、同じだ。


私の言葉は、また、届かない。


この人は、また、私を——


「待て」


アロイス様の声が、私の絶望を、断ち切った。


彼は、迷いを振り払うように、首を振った。


「……おかしい。ひとつ、おかしいことがある」


そして、まっすぐに、私を見た。


「シャル。君は、ネレイアに、触れられない。そうだな」


息が、止まった。


「以前、庭で見た。君は、あの花に近づくことすら、できなかった。触れれば、肌が腫れ、熱が出ると」


「……はい」


「ならば、聞く」


アロイス様が、周囲を見回した。


「ネレイアの毒は、その花から採る。摘み、すり潰し、煮詰めて、ようやく毒になる。——触れただけで腫れる女が、どうやって、その花を扱う?」


広間が、静まった。


「シャルロットが毒を作ったというなら、その手は、とうに腫れ上がっているはずだ。——見せてみろ」


差し出した私の手は、白いまま。傷ひとつ、腫れひとつ、なかった。


「もうひとつ」


アロイス様は、続けた。


「茶が贈られたという昨夜。その刻、シャルロットは、私と庭にいた。ずっと、私の隣にいた。——茶を用意する暇など、どこにあった?」


一度目には、なかった。


私を信じる声が。私の無実を、証す人が。


——この数月、彼の隣で過ごした時間が。


私が、生き延びるために打った布石が。


今、私を、断頭台から、引き戻していた。





こうなると、ミレーユの筋書きは、脆かった。


「シャルロットから茶を贈られた」と言いながら、ミレーユは、それを、いつ、どこで受け取ったのか、答えられなかった。


倒れた時刻も、飲んだ場所も、証言が、食い違っていく。


私の私室から出た毒も、調べれば、ごく最近、何者かが持ち込んだものだと、知れた。


組み上げたはずの罠が、一つ、また一つと、崩れていった。





問い詰められたミレーユは、取り乱した。


可憐な仮面が、剥がれていった。


「違う、私は被害者よ! お姉様が、お姉様が私から、アロイス様を——」


——言ってしまった。


しん、と、広間が静まった。


アロイス様が、静かに、ミレーユを見た。


「私を、奪われた。——そう言ったな」


ミレーユの顔が、引きつった。


「君は、姉が私と親しくなったことが、許せなかった。だから、毒の罪を着せて、消そうとした。そういうことか」


「ち、違……」


違わなかった。


その動機を、あの子は今、自分の口で、皆の前に、晒した。


健気な義妹は、もう、どこにもいなかった。


そこにいたのは、姉の婚約者を欲しがり、姉を陥れようとした、一人の女だった。





ミレーユは、引き立てられていった。


最後に、あの子は、私を見た。


憎しみと、それから、薄気味の悪いものでも見るような目で。


「……お姉様。やっぱり、おかしいわ」


掠れた声で、あの子は言った。


「あなた、ぜんぶ知っていたみたいに、動いていた。私が、何をするのかも。——いったい、何者なの」


私は、答えなかった。


あの子が、その答えに辿り着くことは、ない。


一度、あなたに殺された。だから、知っている。


それだけのことを、あなたは、決して、知らないまま。





広間に、私とアロイス様だけが、残された。


「すまなかった」


彼が、口を開いた。


「一瞬でも、君を疑うような目を、向けた」


「いいえ」


私は、首を振った。


「殿下は、信じてくださいました。——それで、十分です」


十分すぎるほどだった。


一度目、私が、喉から手が出るほど欲しかったもの。


それを、この人は、くれた。


アロイス様が、ふと、不思議そうな顔をした。


「妙だな」


「殿下?」


「さっき、君を信じると決めたとき。——前にも、同じことを、君に言いそこねた気がした」


息が、止まった。


「初めてのはずなのに。ずっと前に、私は、君を一度、信じそこねた。……そんな気が、してならない」


彼は、知らない。


一度目、私を断頭台へ送ったことを。覚えて、いないはずなのに。


それでも、魂のどこかが、覚えていた。


たった一人で死んだ、私の、一度目を。


「アロイス様」


私は、涙をこらえて、笑った。


「今度は、信じてくださいました。——もう、それで、いいんです」


彼が、私を、そっと抱き寄せた。


その腕の中で、私は、ようやく、息ができた気がした。





二度目の私は、断頭台へは、行かなかった。


ありもしない罪で、裁かれることも。


アロイス様の隣に立つことを、今度は、自分で選んだ。


「シャル。まだ、口下手なままだな」


「……放っておいてください」


「いや、いい。不器用な君を、私が、いちばん知っている」


その言葉に、私は、笑った。


うまくは、笑えなかったけれど。


それでも、隣で、この人が、笑い返してくれた。


一度目、誰にも信じてもらえずに死んだ私は。


二度目、この人の隣で、信じてもらえる場所を、見つけた。


——もう、黙って殺されてなど、やらない。


そう誓った私は、断頭台ではなく、この人の腕の中に、辿り着いた。

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― 新着の感想 ―
コレは一度目でも後でカラクリが判明して、王子が後悔したパターンかな? まあどうやら義妹の仕掛けも稚拙で穴だらけみたいだからねぇ……それこそこの姉じゃなきゃ成立しない位には 主人公も、なんにも悪くないの…
一度殺された相手と結ばれるのもありあのかな。 ちょっとヒロインにサイコ感を感じてしまった。
面白かったですが王太子の妻になるような人が口下手で誤解を生みやすいというのはどうなんだろうと思いました 今回は義妹でしたが他国とかにもつけこまれそうで怖いなと感じました
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