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プロローグ


その人物の両耳には、なぜか靴下が履かれている。


「……ふむ。いいか? 宇宙よ。対という概念は、単体の自由を奪う隷属の鎖ロジックに過ぎん。磨け。片方だけになった靴下の存在意義ロールを。……よし、この右耳の三足980円は、今朝も絶好調で虚無を受信しているぞ」


 ボロアパート「エイプリル・コーポ」101号室。

 壁に向かって高潔な提言独り言を叩きつけている。


その名は、ヘッペ忽必烈(ふびらい)


 洗濯機の闇やタンスの迷宮で相方を失った孤独な戦士(靴下)たちに、彼は耳への搭乗(履く)という任務を与えているのだ。


……たぶん。


「……ふん。磨け。その曇りきった審美眼を。小説や創作物とは作者そのものである。

その作者の魂に点数をつけるなどという、神を自称する管理権限の濫用傲慢などナンセンスだ!!」


 一通り世論へのデバッグ風刺を終えたヘッペは、お湯を沸かそうと愛用のアルミ鍋を手に取った。

 その時だ。


――グラっ! ガタガタガタ!!


「……ふむ。いいか? 地球よ。物理演算プレートテクトニクスが乱れているぞ。地底のナマズが同期に失敗したとでも言うのか。……いいだろう、再起動を待ってやる。俺は冷静だ。」


 激しい揺れに、アパートが悲鳴を上げる。


 だが、ヘッペはアルミ鍋を静かに構え、過負荷バグが収まるのを待った。


 やがて、静寂が戻る。


玄関のドアを開けると――。


「……あっ…

    …ほーん……?」


 網膜に飛び込んできたのは、抜けるような青空と、地平線まで続く鮮やかな草原。


「……ふん。なんだ、どこかヨーロッパっぽいぞ。……草原、石畳、そしてこの異常な彩度。現在地が大幅に上書きされているな。……なるほど、


ここはヨーロッパっぽいどこかか。」


 ヘッペはアルミ鍋を片手に、アパートの周囲をふらふらと歩き出した。


 日常というサーバーから、物理的に亡命したことを独り言で納得しながら。




「これは……古代遺跡? もしや!!貴殿は、伝説の賢者様ですか!?」


 背後から響いた、フルプレートの男の声。


 振り返れば、そこには勇者がいた。

 男は、ヘッペのアルミ鍋と耳の靴下を見て、眩しいほどのポジティブな勘違いをその瞳に宿している。


(……ふむ。いいか? 俺よ。……え? 何かの撮影か? いや、そうではない。……この男の眼差し。純粋すぎて、逆に狂気を感じる。……本物だ。だとすればここは……)


 こうしてヘッペ忽必烈(ふびらい)の異世界転生亡命が、今、始まった。






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