第38話 僕が守ったもの
「う……ん……」
瞼の裏から眩しい日差しを浴びて僕は目を覚ました。日の光が赤い。今は夕方だろうか。ここはどこだろう。いや、それより僕は何してたんだっけ?
ベッドから体を起こすと全身がヒリヒリズキズキと痛む。その痛みで僕の記憶がだんだんと蘇ってきた。
「――あれ? そうだ……オーウェンさんが!」
「落ち着きなさい」
声のした方を見ると、そこには師匠が椅子に座っていた。僕はベッドから起き上がると師匠に近づき、師匠のローブを鷲掴みにした。
「師匠! オーウェンさんは! 皆は大丈夫なんですか!」
「おう、起きたか」
部屋の入口からオーウェンさんの声がした。でもその声は酷くしゃがれていて、まるで老人のようだった。僕はとてつもなく嫌な予感を感じながら声の方向に振り向く。
そこにはオーウェンさんが立っていた。でもその姿はすっかり年老いていた。あんなに若々しかった黒髪は白髪になって薄くなっている。たくましかった体も今ではすっかり見る影はなく、骨に皮が張り付いているかのようだ。立っているのも辛いのだろう。杖を両手でついて、背中をくの字に曲げて立っている。
僕は、口に手を当てて首を振った。
「そんな……そんな……!」
「落ち着け、クリス。俺は……」
「僕だ! 僕のせいだ! 僕が遅かったばっかりに……!」
「落ち着け!」
取り乱した僕にオーウェンさんが一喝する。でも、その声にあの力強さはない。
オーウェンさんは僕にゆっくりと近づくと、両手で僕を抱きしめた。あんなに力強かったオーウェンさんの腕から伝わってくる力はあまりにか細い。
「違うんだ、違うんだよ。こいつは俺が先送りにしてきた代償だ」
「代……償?」
「不老不死の魔法はそれがかかっている限り老いはしない。だが、時の重さはずっとのし掛かり続けるんだ。それが魔法を解いた瞬間に代償として俺を蝕んだ。死んじまう直前でライアが来て、何とか不老不死の魔法をかけ直せて俺はまだ生きていられているがな。分かるか? 俺が生きているのはお前のお陰なんだ。クリス、お前は良くやった。お前のお陰で、俺はまだ生きていられるんだ」
「でも、でも……!」
「まだ自信が持てないか? ならこっちに来い。お前に見せたいものがある」
そう言うと、オーウェンさんは部屋の外に出ていく。
僕が後を追うのを躊躇っていると、師匠が僕の背中を押した。
「大丈夫だ。あの人についていきなさい」
「師匠……」
師匠の顔を見上げると、師匠は優しく頷いてくれた。それを見て少しだけ落ち着いた気がした。僕は意を決めると、オーウェンさんの後を追っていく。
オーウェンさんは玄関の前に立っていた。僕が追いついたのに気付くと、玄関のドアを開け放ち、僕を家の外に連れ出した。
そこには、町の人達が大勢集まっていた。多分、全員集まっているのではないだろうか。皆が僕の姿を見ると、途端に歓声が沸き上がった。
「ありがとう! クリス君が頑張ったから俺達は助かったんだ!」
「私の夫も無事に帰ってきてくれたの! 本当にありがとう!」
「オーウェンさんが生きて帰ってこられたのもクリス君のおかげだ!」
人々の歓声は全て僕に向けられていた。突然のことに僕は怯んで後退りしようとする。それをオーウェンさんが背中を押して止めた。
「見えるか? 聞こえるか? これがお前が成し遂げたことだ。だから前を向け。胸を張れ。お前の行動で、これだけの人を助けられたんだ。さあ、皆の気持ちにお前が応えてやれ。それが最後の仕事だ」
そう言ってオーウェンさんは僕の背中をぐっと押した。僕はその勢いでつんのめるように前に出る。
「あの……あの……」
僕は皆になんて言えば良いのか分からなかった。ぐるぐると言葉が頭を駆け巡り、ようやく導き出した答えを僕は口にする。
「あの、ありがとうございました!」
そう言った瞬間、皆が石のように固まった。そして誰かが吹き出すと笑いが次々に伝染する。その笑いはすぐに爆笑へと変わった。
「何でありがとうございますなんだよ! 助けられたのは俺達だってのに!」
「もう、本当に面白いわね!」
僕は皆に囲まれてもみくちゃにされる。代わる代わる色んな人に可愛がられて、最後には胴上げにまで発展した。
ありがとう。生きていてくれてありがとう、僕を信じてくれてありがとう、僕がありがとうという言葉にたどり着いたのはそういう意味をひっくるめた全部だった。僕は皆がここにいてくれて、僕を褒めてくれたことがたまらなく嬉しかったんだ。
◇
「何を言うのかと思ったがありがとう、か。面白いな、あいつは」
「ええ。でも実にあの子らしい」
「健全な心を持った者にしか出せない言葉だ。きっとあの子は真っ直ぐに、正しく育っていくだろう」
「そうですね。しかし、あの子のいるべき場所は他にある」
「……なあ、ライア。それはあの子に話したのか?」
「いいえ。今話しても意味がありません」
「そうか……分かった。元より部外者の俺が口を出すべきじゃなかった。お前の思う通り、後悔しないように動け。ライア」
「はい。全てが丸く収まるように。そしてあの子が一番幸せになる道をワシは選びますよ」
◇
その日、僕達は町の入口にいた。目の前にはオーウェンさんとその後ろに町の皆が勢揃いで僕達を見送りに来ていた。
僕はオーウェンさんの前に歩いていき、その手を取って握った。
「色々とお世話になりました」
「別に世話ってことのほどはしちゃいねえさ。むしろ、お前達がいなかったら俺はおそらく命を落としていただろう。礼を言うのはこっちの方さ。ありがとうな、クリス」
「オーウェンさん……」
僕は思わず涙ぐむ。それを見たオーウェンさんが笑って僕の頭を叩いた。
「バカヤロウ、泣くなよ。湿っぽくなるだろうが」
「泣いたっていいじゃないですか!」
「こういうのはな、お互いに笑って別れるもんだ。それにまた遊びに来ればいいだろうが」
「それは、そうかもしれないですけど」
「ああそうだ、クリス。お前に言っておきたいことがある」
「え、何ですか?」
笑顔だったオーウェンさんの顔つきが急に真面目になる。
「これから先、お前は人生を左右する大きな決断に迫られる時が来るだろう。いや、選択肢すら与えられないかもしれない。だが忘れるな。お前はお前だ。胸を張り、自信と誇りを持ってお前の人生を歩んでいけ」
「は、はい……」
僕はオーウェンさんが何を言おうとしているのか全く分からなかった。一体、オーウェンさんは僕の何を知っているんだろう。
そこに師匠が割り込んできた。
「師匠、そろそろ」
「ん? ああ、すまんな。俺からは以上だ」
「はい、オーウェンさんや町の皆もお元気で!」
「お元気で、か。町の奴らは置いといて、俺はすっかり年を取っちまったが相変わらず不老不死だからな。これからもしぶとく生きていくさ。クリス、間違いなくお前よりは長生きするぞ」
「あ、ははは。そういえばそうかもですね。でもそう言いたかったんです」
「そうか。まあいいさ。お前らも元気でな!」
僕達はオーウェンさんと町の皆に会釈して踵を返し、町を出ていった。僕達の後ろからは、いつまでも僕達の名前を呼ぶ声が聞こえた。
◇
「……行ったか」
「あれ? オーウェンさん、泣いてるんですか? あの子には泣くななんて行ってたくせに」
「うるせえ、泣いてねえよマイルズ! お前はさっさと持ち場に戻れ!」
マイルズは俺に一喝されると、わざとらしく首を竦めて町の詰め所に小走りで走っていった。
「……ったく、恨むぜライア。お前のせいで人生で初めて、つきたくもねえ嘘をついちまった」
俺は空を仰いで目頭を押さえ、ボソリとそう独りごちた。
また来い? それは無理だ。あの子と会うことは、きっともう二度とないだろう。さっきのは正真正銘、今生の別れだったのだ。
俺は心の中で神に祈った。願わくば、あの二人の行く末に幸あれと。




