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第13話 協働(5)

閲覧室を出ると、

廊下はすでに夕暮れに沈みかけていた。


窓から差し込む橙色の光が、

長く伸びた影を床に落としている。


胸の奥に残った感覚は、消えない。


形を持たない。

だが、確かにある。


王太子という流れを、

何かが静かに削っている。


数字は、感情を持たない。

だが、繰り返しは偶然では済まされない。


並んで歩く。


言葉はない。

交わさないのではなく、

まだ言葉にできなかった。


書架の角を曲がったとき。


リリアナの足が、ほんの一瞬だけ止まる。


窓際。

低い棚。


子ども向けの、薄い表紙の本が並ぶ場所。


何冊かの表紙が前に向けて立てられている。


その中央に置かれた一冊。


この国では、誰でも知っている童話。


『王と聖女と、時の指輪』


リリアナは手に取らない。


ただ、見ている。


わずかな間。


そして、静かに口を開いた。


「……ノア殿下」


足を止めたまま。

視線は本のまま。


窓ガラスに、

自分の姿と、表紙の挿絵が重なって映る。


灰色の髪の女。

物語の端に描かれた、名もない魔女。


「一緒にいるだけで、

 不幸を呼ぶ存在は、

 いると思いますか」


唐突な問いだった。


ノアは足を止める。


意味が、すぐには結びつかない。


「何の話だ」


責める声ではない。

純粋な確認。


リリアナは、本から視線を外さない。


「……伝承や物語では、

 そういう存在が描かれます」


灰色の髪の魔女。

災厄を招く存在。


物語の中の、光を奪う者。



ノアはわずかに息を吐く。


「伝承は伝承だ」


即答だった。


「この目で見ないものは、信じない。

 見たものだけで判断する」


淡々と。

感情でも信条でもない。

ノアにとっての、当たり前の基準。


「偶然を物語に結びつけるのは、

 人間の習性だ」


リリアナは、そこでようやく視線を上げる。


ほんの一瞬だけ。


そして、小さく頷いた。


「……そうですね」


それ以上は何も言わない。


「では、失礼します」


歩き出す。


背中はまっすぐだ。

揺れない。


だが。


ノアは、ほんのわずかに違和感を覚える。


問いは、

物語の話ではなかったか。


自分自身の話だったのではないか。


そう思ったが、

確かめなかった。


視線を棚へ戻す。


『王と聖女と、時の指輪』


灰色の髪の魔女が、

表紙の端に描かれている。


名はない。

物語の中でも、ただ「魔女」としか呼ばれない存在。


短い説明が添えられている。

災いを呼ぶ女。


指が止まる。


軽い本を取り出す。


抱えていた資料の上へ、

何気なく重ねる。


――借りるつもりはなかった。

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