第13話 協働(4)
頁の上に並んだ年号が、
ゆっくりと意味を結び始める。
特別資料閲覧室の空気が、
わずかに沈む。
音が、消えている。
机の中央には、
年代記。
編年史。
王太子任命記録。
葬送記録。
事故報告の抜粋。
側近交代の記録。
喪中布告の記録。
弔問記録。
王の代替わりの前後に関わる箇所だけを、
拾い上げて並べた。
ばらばらだった出来事の中に、
王太子の名のまま途切れている箇所があることに気づく。
この国では古くから、
第一王子は七歳の名授けの日をもって王太子と定められる。
そこから即位までが、本来の王太子の期間だ。
十五年。
長ければ二十年。
それが普通。
だが――
並べた記録では、
すべてではないが、
王太子として始まった記録が、
即位に至る前に終わっている例が、いくつも目につく。
父王が崩じ、即位したからではない。
王太子の名のまま、
記録が止まっている。
「……王太子の記録が、即位まで続いていない例がある」
リリアナが言う。
ノアが頁をなぞる。
「王の在位は続いている。
王太子が死んだ後も、父王はさらに在位している。
その後は、第二王子や王弟が即位している。
だが――
その直前にいた王太子の記録だけが、途中で終わる」
沈黙。
「王太子が、王になる前に死んでいる」
その言葉は、
どちらが口にしたのか分からなかった。
ノアが一つの頁を指で押さえる。
「第十七代。
王太子が十六で死んだ後、
父王はさらに十五年在位している。
その後、第二王子が即位している」
沈黙。
「正式な記録の書式が揃うのは、第十代以降だ」
ノアが言う。
「王宮編纂室が置かれて、
専任の編纂官が記録を残すようになってからだ。
それ以前は、後の時代に書き写された資料が多く、
年数や年齢が一致しない」
リリアナが頷く。
「……第十代から追います」
二人は、
王太子の在位が短く終わった例だけを拾い始める。
リリアナが年代記をめくる。
「第十代」
任命記録。
七歳、王太子。
編年史。
在位六年。
葬送記録。
「……十三歳。急死」
リリアナが書く。
(第十代 王太子六年 十三歳急死)
最初の数字が置かれる。
幼い年齢。
だが、軽い出来事ではない。
ノアが別の冊子を引き寄せる。
「第十三代」
任命記録。
七歳。
事故報告。
落馬。
「名授け直後だ」
リリアナがゆっくり書く。
(第十三代 王太子即位後すぐ 七歳落馬事故死)
七。
落馬……
沈黙が、わずかに重くなる。
次はノアが拾う。
「第十七代」
王太子九年。
葬送記録。
「十六歳。事故死。記録なし」
事故報告には、
それ以上の記述がない。
リリアナが書く。
(第十七代 王太子九年 十六歳事故死 記録なし)
十六。
「第十九代」
王太子二年。
九歳。
急死。
リリアナの筆先が、
わずかに止まる。
(第十九代 王太子二年 九歳急死 記録なし)
九。
ノアが静かに言う。
「第二十三代」
王太子十二年。
十九歳。
病死。
(第二十三代 王太子十二年 十九歳病死 病名記録なし)
リリアナが書き終えたとき、
五つの行が、
紙の上に並んでいた。
十三。
七。
十六。
九。
十九。
順序に意味はない。
だが――
どれも、
二十歳に届かない。
リリアナの指が、止まる。
――二十歳。
胸の奥に、
別の光景が重なる。
誕生祭を迎える直前。
原因の分からない熱。
崩れるように倒れた、
エリオス。
二十に届く前。
紙の上の数字と、
記憶が、重なる。
沈黙。
ノアも、頁から目を離さない。
しばらくして。
ノアは顔を上げた。
リリアナを見る。
血の気が、引いている。
指先が白い。
そして、ノアもまた思い出していた。
兄の顔を。
ノアは、静かに本を閉じた。
「……ここまでだ」
低い声。
「今日は、もう十分だ」
それ以上、
頁をめくらない。
続ければ、
見えてしまう。
この偏りが、
偶然ではないことを。
机の上に、
重たい沈黙だけが残る。




