第12話 懐かしい人(4)ノア
図書館に来る回数は、
もともと少なくなかった。
調べものも、読書も、
日常の一部だったからだ。
ただ――
灰色の髪を見かけることが、
時々あるようになった。
書架の奥。
王国史と年代記の棚。
分厚い本が並ぶせいか、
足を止める者の少ない区画。
気づけば、同じ場所にいる。
そして、
本を持つ左手だけに、
薄い布がかかっていることに気づいた。
珍しいが、
それだけだった。
言葉は、ほとんど交わさない。
視線が合えば、
軽く会釈が返る。
それだけ。
距離は近くも遠くもない。
踏み込まないまま保たれている。
それが、妙に楽だった。
ある日。
同じ机の、ひとつ向こうに座っていた。
リリアナは本を開いたまま、
長くページを動かさない。
読んでいるのではない。
考えている。
本の中身より、
その先を追っている顔だった。
ノアは視線を戻す。
だが、
周囲の静けさの中で、
意識の一部だけがそちらに残る。
別の日。
棚の前で、
同じ本に手が伸びた。
指先が、
ほんのわずかに重なる。
どちらも、
本を引き寄せようとはしない。
先に取ろうともしない。
リリアナが、
静かに手を引いた。
「どうぞ」
それだけだった。
声も、
表情も、
余計な温度がない。
ノアは軽く頷き、
本を受け取る。
それで終わりだった。
また別の日。
机の上に積まれた本が、
静かに閉じられる。
最後の頁の端を、指でそっと揃え、
リリアナは、
確かめるように
本の背表紙を指先で、
スッと撫でた。
それから、
音を立てずに机へ置く。
癖なのだろう。
本を物のように扱わない。
ノアの視線が、
ほんのわずかに止まる。
自分も、
同じようにしている。
閉じる前に、
背を指でなぞる。
無意識の動き。
誰に教わったわけでもない。
気づけば、
同じ癖だった。
話は、ほとんどしない。
それでも、
沈黙が重くならない。
図書館の空気の中で、
余計な思考が入ってこない。
気づけば、
ここへ来る理由が少しだけ変わっていた。
本のためだけではない。
あの静かな空間に、
身を置くためでもある。
名前を呼ぶこともない。
けれど。
書架の奥に灰色の髪を見つけると、
意識がわずかにそちらへ向く。
それだけで、
思考が落ち着く。
距離は変わらない。
近づきもしない。
離れもしない。
それでも、
ふた月過ぎようとしている頃には
同じ場所にいる時間が、
当たり前のものになっていた。
ノアの中で、
まだ名前のつかない感覚が、
静かに形を取り始めていた。
恋とも違う。
興味とも違う。
ただ――
図書館で、
同じ空気の中にいる時間だけが、
少しだけ、
安らぐ。
なぜか、
その時間が、
懐かしい気がした。




