第12話 蝕むものの気配(4)
商会の奥で、声が落ちていた。
雑談ではない。
報告でもない。
祝い事を扱うときの、
少しだけ浮いた空気だった。
「王太子殿下と、サラ様の婚約が整ったそうだ」
手が止まる。
指が、無意識に左手へ触れる。
続けて、別の声。
「正式な婚約の披露は来年の春らしい」
「祝いの品の手配、上に回してくれ」
「宝飾は?」
「菓子はうちで受けるか」
「式場の飾りも、そのうち回ってくるな」
「花も布も、まとめて手配できるのは、結局うちくらいだろう」
紙の擦れる音。
帳簿をめくる音。
誰かが小さく笑う。
「ようやくだな」
「お似合いだ」
「国も落ち着く」
光のある話し方だった。
王太子。
聖女のようだと言われる従妹。
祝福される形。
最初から、
そこに並ぶはずの二人みたいに。
――ああ。
さっきまで、内側で動きかけていたものが、
静かに居場所を失う。
驚きはない。
否定もない。
ただ、
自分のいる場所ではなかったのだと分かる。
最初から、
そこには立たないと決めていたはずなのに。
机の端に、
銀色の丸い缶が置かれていた。
いつの間にか。
レオンだと分かる。
何も言わずに、
こういうものだけ置いていく。
叔父の商会の菓子だ。
小さい頃、
自分のために用意されたものは、
ほとんどなかった。
その中で、
この銀の缶だけは、
確かに「自分のもの」だった。
蓋を開ける。
中に並んだ、
丸いミルクチョコレート。
変わらない形。
変わらない匂い。
ひとつ、口に入れる。
ゆっくり溶ける。
甘い。
子どもの頃と、
同じ味だった。
……ただ、
甘いと思った。




