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第12話 蝕むものの気配(3)

薬師のもとへ通うのは、

傷の手当てのためではなかった。


刃の傷は、もう塞がっている。


それでも、

身体の奥に残る違和だけは消えない。


だから来る。


理由を探すために。



薬師のところへ通うようになったのは、

切り裂かれて間もない頃からだった。


最初は、傷のため。

次は、違和のため。

やがて、

理由のために来るようになった。



薬師は、机の向こうでしばらく黙っていた。


処置の必要は、もうない。


刃の傷は塞がっている。

だが、あれは薬で消える種類のものではなかった。


それを、薬師は分かっている。



「……まだ調べているな」


責める声ではない。

止める声でもない。


分かってしまった者の声だった。



リリアナは答えない。



薬師は立ち上がり、

棚の奥から紐で束ねられた紙を取り出した。


擦れ、

端が欠けた古い紙。


机に置く。



「先代王の時代の記録だ」


「侍医として王宮に上がっていた頃の控えだ」


「残せた分だけが、ここにある」



短く言う。



「持っているのは、ここまでだ」


「知れば、戻れなくなる」



静かな声だった。



リリアナは束を受け取る。


思っていたより、

重い。



紐をほどく。


開く。



日付。


処置の内容。


名前。



先代王の名。



護衛。


侍女。


従者。


庇った者。



刃傷。


落下。


事故。



その後の経過。


熱。


痛み。


治りが遅い。



傷が残る。



同じ書き方が、

何度も続く。



ページをめくる手が止まる。



背中に残る傷が、

一文と重なる。



目を逸らさない。


続きを探す。



次の紙は、なかった。



そこで終わっている。



顔を上げる。



胸の奥で、

言葉にならない違和が形を持つ。


事故でも、

人為でも、

説明しきれない何か。


王家の周囲だけに、

静かにまとわりつくもの。



――蝕むものの気配。



薬師が言う。


「先は、ここには残らない」


「王宮に残るものもある」


「外へ出されたものもある」


「学びの場に紛れているものもある」



少しだけ間を置く。



「古いものほど、表に出ない」


「残っているなら、そこだ」



それだけだった。



リリアナは束を閉じる。



胸の奥に、

ひとつ、

今までと違う考えが生まれる。



――あの人の周りで起きていたことは、

 私だけが原因じゃないのかもしれない。



ずっと、

自分のせいだと思っていた。


近づいたから。


関わったから。


不吉だから。



けれど。



同じ記録が、

昔から残っている。



もしかしたら。


隣に立てる未来が、

最初から消えていたわけじゃないのかもしれない。



胸の奥で、

長く閉じていた扉が、

ほんの少しだけ動く。



名前を呼ばれる距離。


並んで立つ場所。


手を伸ばせば、

届いたはずの時間。



ずっと、

自分で閉じていたものだ。



――まだ。



完全に失われたわけじゃないのかもしれない。



そう思った。

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