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第12話 蝕むものの気配(1)

13歳の、春の終わりだった。


父の咳が

目立つようになったのは。

その頃からだ。



長くは続かない。

けれど、何度も繰り返す。


侍医が出入りし、

肺の病だと告げられた。


無理を重ねれば悪化する。

王都にいれば、仕事は途切れない。


だから領地へ戻る。

養生のために。


決まるのは、早かった。


屋敷の中の動きが変わる。


出入りする人間。

交わされる声。

止まる書類。


その中で、

自分に向く視線の質も変わっていた。


避ける目ではない。

測るような、確かめるような目。


自分がどう見られているかは、

もう気にしていない。


自分が不吉でも構わない。


ただ、

その不吉がエリオスに及ぶなら、

近づかない。


それだけだ。



出立の前日。


父に呼ばれ、

執務室へ入った。


扉を閉めると、

紙とインクの匂いが満ちていた。


父は椅子に座ったまま、

しばらく何も言わない。


以前より少し痩せて、

肩の線が落ちている。


視線だけが、こちらへ向く。


それから。


「……悪かった」


短い声だった。


それだけで、

もう続かないのだと分かる。


リリアナは、ただ聞いた。


お互い、遅かった。


ほんのわずかに、

反応が遅れる。


感情にはならない。


ただ、


もっと前に、

その言葉があればよかった。


そう思う。


それ以上は続かない。


言葉は返さない。


父は視線を外し、

会話は終わった。



出立の日。


馬車が玄関前に付けられ、

屋敷の者たちが整列する。


義母が先に乗り込み、

父が続く。


父は最後に一度だけ振り返った。


それだけだった。


馬車が動き出す。

車輪の音が遠ざかる。


屋敷の重心が、

音もなく抜けていった。



父の不在を埋めるように、

叔父が後見として立ち、

レオンが跡取りとして家を回す。


誰も役割を口にしない。

それでも、家は動く。


これまでの形を残したまま、

別のかたちへ移っていく。


リリアナは、

その流れの中に立っている。



夜。


机に指先を置く。


指輪に触れる。


あの人に繋がる感覚だけが、

かすかに残る。


息を整える。


思考を止める。


窓の外は、静かだった。

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