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第10話 守るための力(2)

そのやり方を、

初めて現実として見たのが、

叔父だった。


領地を本拠にしながら、

王都にも商会の拠点を持つ人だった。


行き来は多い。


表に名は出ない。


けれど、

王宮へ入る物資の多くは、

一度、叔父の商会を通る。



羊毛布。

塩。

薬草。

鉄具。

穀物。



どの町から仕入れ、

どの商家へ回し、

いつ王都へ運ぶか。


その順番を決めているのが、

叔父だった。



値が上がる前に押さえ、

不足が出る前に回す。


一つの指示で、

荷の向きが変わる。


荷が動けば、

人が動く。


人が動けば、

噂が動く。


噂が動けば、

王宮の中の空気まで変わる。




バルディエ家は、

侯爵位を持つ家ではある。


祖父の代までは、

王宮の中枢に近い位置にいた。


政にも、

人事にも、

関わっていた時代がある。




けれど今は、

その頃とは立ち位置が違う。


王宮の中心に常にいる家ではなく、

領地を守りながら、

外側から関わる形へ移っている。




人も、

役目も、

少しずつ離れていった。


名が残っている分だけ、

余計に静かだった。




だからこそ、

叔父は家の名に頼らなかった。


商会を持ち、

自分の手で流れを掴んだ。



貴族が命じる前に、

必要な物を動かす。


不足が出る前に回す。


名ではなく、

実務で信頼を積んだ。




その結果、


王宮が困ったとき、

正式な命令ではなく、

“最初に声が届く場所”になった。



爵位では届かない場所に、

現実の手が届く。


そういう立ち位置に、

叔父はいた。




冬の備えが足りないとき。


王宮の厨房に届く穀物が遅れたとき。


薬が不足したとき。



名は出ないまま、

帳簿だけが動く。


どこかの町の倉が開き、

別の道の荷が回される。


それだけで、

王宮の困りごとは消える。




王宮は、

命令はしない。


依頼もしない。


けれど、


困ったときに

“必ず通る場所”がある。



それが、

叔父の商会だった。




爵位では動かせない場所を、

現実の流れで動かしている人だった。




「時間があるなら、来い」



それだけ言って、

歩き出す。


振り返らない。

説明もしない。



リリアナは、

何も聞かずについていった。




連れて行かれたのは、

商会だった。


帳簿が並ぶ、

静かな場所。




積まれた書類。

並んだ数字。

品の出入りの記録。




叔父は、

一枚の帳簿を開き、

確認するだけで閉じる。




「これと、これ」



短く指示する。




動く人間が変わる。

荷の行き先が変わる。

値段が動く。




それだけで、

別の場所の予定が変わる。




予定が変われば、


“その場に立つはずだった人間”が

別の場所へ流れる。




王宮の外側で、


出来事の順番そのものが

組み替えられていく。




――事故も、襲撃も、


起きる前に形を失う場所だった。




その瞬間だった。




胸の奥で、

何かが静かに噛み合った。




――知っている。


この位置の使い方を。




人の動きが変わる順番。

言葉を出すべき相手。

黙るべきタイミング。


どこを押せば、

どこが動くのか。




身体が覚えている。




王宮のそばで過ごした日々の中で、

無意識に身についたものだった。




叔父の手が、

帳簿の上で止まった。




視線が、

一度だけリリアナに向く。




評価でも、

驚きでもない。


ただ、

確かめるような目だった。




――見られている。




そう分かった瞬間、

手を止めなかった。


数字を追い、

流れを拾い、

必要な位置だけを指で押さえる。




叔父は、

何も言わない。




ただ、

帳簿を閉じず、

そのまま置いた。




――試されている。




そう理解した。




言葉を待たず、

もう一度、数字を追う。


遅れている流れ。

詰まりかけている位置。

動かせば変わる順番。




一通り確認し終えたとき。




叔父が、

静かに帳簿を引いた。




何も言わない。




代わりに、

次の帳簿が差し出される。




それが、答えだった。




口には出さない。

褒めもしない。

問いもしない。




ただ、

任された。




それから、

帳簿の写しを任された。




各町の取引の控え。


売買の記録。

運ばれた量。

値の動き。




原本を傷めないための写し。

確認用の控えとして残すための写し。




ただ、

丸ごと書き写す。




数字。

日付。

品名。

売り手の名。




それだけの作業だった。




けれど。




数日で分かった。




帳簿は、

物の記録じゃない。




生活の記録だ。




ある日。




写していた帳簿の手が、止まる。




厚手の羊毛布の列だった。




冬前に値が上がるはずの品。


寒くなる前に、

どの家も買い足す。




なのに。




同じ町の商家が、

短い間隔で、

何度も売りに出している。


しかも、

回を追うごとに値が下がっていた。




「……この列、動きが早い」




叔父は顔を上げない。




「どう早い」




「売れてるんじゃなくて、

 手放してる」




言った瞬間、

自分でも分かった。




冬前に布を売る家は少ない。


むしろ、

買い足す時期だ。




それなのに、

値を下げてまで流している。




――余裕がない。




倉を空けたいのか。

金が要るのか。




どちらにしても、

生活が詰まっている動きだった。




叔父は、それ以上聞かなかった。




ただ、




「続けろ」




とだけ言った。

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