第4話─ 魔性の接近
賑やかな街の細い通りを抜けた先。こじんまりとした土地に佇む赤い屋根の小さな店。
数日前初めて訪れた喫茶店に、カミラは再び訪れていた。
目的はエルリアの恋人──ノーマだ。
「こんにちは」
カランカランと扉の鐘が軽快な音を立てる。
「カミラ。また来てくれたんだね」
カウンター内から視線を向けたノーマが笑みを浮かべる。
その表情は穏やかだったが、視線がぶつかった瞬間、彼の瞳がほんの一瞬だけ揺らいだのをカミラは見逃さなかった。
見えた色はわずかな警戒と、自制心。
(エルリアに何か聞いたのかしらね……)
唇の裏側で小さく笑みを浮かべる。
何を聞いていたとしても関係ない。いつも通りでいるだけだ。
カウンター席に足を向けたカミラに、奥の席から明るい声が飛んできた。
「あらあら! あなた、この間のお嬢さんじゃない? また会えるなんて嬉しいわぁ」
視線を向けてみると、見覚えのある老婆──もとい淑女が、カミラを見て目を輝かせていた。
「あっ! この間のおばあさま! 私もまた会えて嬉しいです!」
先日この店を訪れる前に、カミラが声をかけた女性だった。
カミラはためらうことなく彼女の席へと駆け寄り、向かいの椅子に腰を下ろした。
こういうときは、敢えてノーマに視線は向けない。第三者である人物を迷うことなく優先する方が、彼の警戒心を解けるだろう。
カミラは瞬時にそう判断していた。
「”おばあさま”だなんて、恥ずかしいわ。なんだか高貴な貴族みたいじゃないの。私はこの街のただのおばあさんよ」
「だって、すっごく上品で素敵なショールを羽織っていたんですもの。今日のもとても素敵だわ」
「まぁ、ありがとう。これを褒めてくれるのはあなたくらいよ」
笑い声が重なり、店内の空気が柔らかくなる。
メモを手にしたノーマが二人の席へと歩み寄ってきた。注文を聞きにきたのだろう。
「カミラ。こちらは表通りにご夫婦で暮らしてるアウラさんだよ。うちの常連さんなんだ。知り合いなのかい?」
「えぇ。この間ちょっとね。このお店を教えてくれたのは彼女よ」
なぜ知り合ったかなどはカミラの口からは言わない。この手のおしゃべり好きな女性ならばきっと──。
「私の買い物帰りにねぇ。袋に穴が開いてしまって、せっかく買ったりんごもお芋も、道端に転がっていってしまって。困っておろおろしていたら、こちらのお嬢さんが助けてくれたのよ」
「そうだったんですか……」
「助けただなんて……。そんな大層なことはしてないわ」
やはり、話してくれた。
人助けの話など、自分の口から話すものではない。助けた相手や第三者などが感動を交えて話すからこそ、エピソードとして価値を持つのだ。
「砂だらけになった果物とお野菜を拾って、自分の上着で拭ってくれたのよ。そのあとは両手に抱えて一緒に家まで運んでくれたの。嬉しかったわぁ。お礼したかったのに、早々に立ち去ってしまうから残念に思っていたの」
「お礼はもういただいたわ。道すがら、このお店を教えてくださったじゃないですか。『お茶が美味しいお店があるのよ』って。あのあと私、すぐにここに来たんですよ」
「あらまぁ、そうだったの。また来たってことは、あなたも気に入ってくれたのかしら?」
「えぇ、とっても」
「アウラさんが僕の店を紹介してくれたんですか……?」
ノーマが目を丸くしてアウラに視線を向けた。
「ノーマのお茶はとっても美味しいし、お店の雰囲気もいいからぜひ知ってもらいたかったのよ」
「おばあさま──アウラさんの言った通り、とても素敵なお店だったわ。私も気に入っちゃった」
本当は、教えてもらう前から知っていた。むしろ、アウラに声をかけたのは店に向かう途中のことだった。
しかし、"自分が教えた店を気に入ってくれた"と思わせた方が彼女の気分がいいだろう。カミラは『知らなかった』とは言っていないから、嘘はついていない。
それにノーマに対しても、あの日店に来たのは偶然だと思わせた方が都合が良い。
「そうか……アウラさんが……。それは良かった」
ノーマの口元が安堵したようにホッと緩んだ。やはりエルリアに何か聞いて、多少警戒していたのだろう。
「あぁ……カミラ、すまない。注文がまだだったね。どうする?」
「ん〜……。あ、アウラさんのはヴェルーディティーかしら? とてもリラックスできる香り……。アウラさん、真似しちゃってもいいかしら?」
真似をされることを嫌がる人もいる。だから、こういうときは一言添えておくのが大切だ。
「えぇ、もちろん。私はいつもこれなのよ」
アウラは齢で垂れた目尻をさらに下げてニコニコと答えた。彼女は自分の好きなものを共有できることを喜ぶタイプのようだ。
「じゃあ、ノーマ。ヴェルーディティーをお願いするわ」
「きみは本当にすごいな。匂いでも何のお茶か当てられるんだね。……すぐに用意するよ」
感心した様子のノーマの目を見つめ、照れたように笑ってみせる。ノーマもまた笑みを返し、カウンター内へと戻っていった。
「カミラちゃんはお茶に造詣が深いのねぇ」
「少し前にハマっちゃって。色んなお茶を飲み比べるのが楽しかったんです」
ニヶ月ほど前にエルリアの恋人の存在を知り、一ヶ月かけてノーマのことを調べた。家柄と人柄、癖、客層、周囲に人目がないときの表情や行動。
同時に、お茶の種類や香り、産地、調合の基礎を身につけた。
喫茶店を営んでいる男に近付くなら、それが一番の入り口になる。テイスティングが楽しかったのも嘘ではない。知った上で全く興味を持てない分野でなくて良かったと思ったほどだ。
その知識をどう使うかは状況次第──だが、使える手札は多いに越したことはない。
エルリアも好きな人の力になるために努力はしているだろう。しかしカミラは、エルリアとは得たいものへの執念が違う。
「あぁ、カミラちゃん。本当はもっとゆっくりお話ししたいのだけど……」
しばらく他愛もない話で談笑していると、アウラが困ったように眉尻を下げた。壁にかけられた時計をチラチラと気にしている。
「あら。お帰りですか? 何かご用事でも?」
「そうなのよ。今日は息子夫婦が孫をつれてくるんですって。あぁ、ノーマ。何かお茶請けのお菓子をいくつか見繕って詰めてくれないかしら?」
ちょうど盆にポットとティーカップを乗せたノーマが来たところだった。
「分かりました。いつも通り、クッキーとチョコでいいですか?」
「えぇ、結構よ」
「ちょうどお茶が来たのに、お話し相手がいなくなってしまうのは寂しいわ。でも、仕方ないわね」
カミラは名残惜しそうに微笑んでみせた。
「良かったらカウンターの席に移動するかい?この間の続きも話したいし……」
「あら、いいの? じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
常連客と気さくに話している様子のノーマなら、そう言ってくれるだろうと思っていた。彼が言わずとも、アウラがカウンター席を勧めてくれただろう。
(これで、自然な形でノーマに近付ける)
カミラが浮かべた笑みの裏側に、二人が気付くことはなかった。
茶葉名などは、ほぼほぼ架空のものです。
実在する茶葉なんかだと、時代背景とかを考慮するのが面倒だったので……。




