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願うアイ  作者: めこまる
【最終章―歪んだ愛】
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最終話─ あなたと一緒に

 ノーマとカミラがカミラの真実を知ってから一週間。

 疲れた顔をしたエルリアがノーマの店に姿を見せた。

「エルリア。大丈夫かい?」

 目の下にはうっすらと隈が浮かび、顔色もあまり良くない。

 

 ノーマは彼女をカウンター席に座らせると、軒先の札を"Closed"にひっくり返した。閉店時間には少し早いが、客足もちょうど途絶えたところだったから問題ないだろう。

「大変だったね。お母さんの具合いは大丈夫かい?」

「えぇ。ただ風邪をこじらせただけだったみたい。熱も下がったし、流行り病とかじゃなくて良かったわ……」

 

 魔女セリヴァルからカミラの話を聞いてすぐ、二人はカミラに会いに行こうと試みた。

 しかし、運ばれた病院ですぐに意識を取り戻したらしいカミラは、入院することもなく出て行ったという。

 ならば自宅に、と思ったのだが──エルリアとカミラの住む村に着くなり、エルリアの母が倒れたという報せが入った。

 

「回復したのなら良かった。手伝いに行けなくてすまない」

 エルリアのための茶を淹れながら、ノーマは申し訳なく視線を伏せた。

 ノーマにとっては婚約者の母親のことだ。看病の手伝いに行ってやりたかったが、茶葉を納品してくれている業者との間で発注ミスが発生し、ノーマもまた身動きが取れずにいた。

「いいのよ。母のことは大したことなかったんだし、ノーマも忙しかったんでしょう?」

「そうだけど……」

 

 気になるのはエルリアの母親のことだけではなかった。

 母親の看病と家事に追われたエルリアは、カミラの自宅を訪ねることもままならなかったはずだ。

「カミラとは、やっぱり会えていないの?」

 一番香りのいいルノブルーメティーを注いだカップを差し出し、ノーマはエルリアの隣に腰を下ろした。

「それが……」

 言い淀むエルリアの指先が小さく震えながらティーカップへと伸びる。

 

「……カミラ、村を出て行ったそうなの」

「えっ!?」

 

 意外、ではなかったが、さすがにノーマも驚いた。

 最後にカミラに会ったとき、彼女は去り際に「さよなら」と言った。エルリアのことを頼む、とも。

 魔女セリヴァルから聞いた話を加味しても、カミラが姿を消すことは予想できた。

 ──しかしそれが、早すぎる。

 

「母の体調が落ち着いたからカミラの家に行ってみたら、もう誰もいなかったわ。近所の人に訪ねたら、『療養も兼ねて遠方に住む身内の家に行く』と言っていたって……。カミラのお母さんも、もう随分前からあそこには住んでいなかったみたい」

「身内……? 親戚のところかい?」

 ノーマが問い返すと、エルリアは小さく首を横に振った。

 

「カミラから親戚の話を聞いたことはないの。おばあちゃんもおじいちゃんもいない、とは昔言っていたけれど……」

 ならばやはり、カミラを育てたというレイヴァンという男のところだろうか。話に聞く限りでは裏社会に身を置く男のようだから、エルリアやノーマが接触するのは危険かもしれない。

 

「カミラが願いの対価に支払ったのは私との縁。あの子、願いが叶い次第すぐにでも私の前から姿を消すつもりでいたんだわ……」

 エルリアの手が悔しげに握りしめられる。眉根を寄せるその表情に、ノーマは思わず口を噤んだ。

 カミラはノーマにだけはわずかな本音を見せた。それは、己の願いを託す意味もあったのだろう。

 エルリアを愛し、守り、幸せにしてほしい──と。

 だが、歪みながらも深いその思いを、カミラはエルリア本人に伝えるつもりはなかった。

 ただひたすらにエルリアの幸福を願い、自分は己の思いを理解してもらうことさえ望まずに──。

 

「正直、僕は少し……自信をなくしてしまったよ」

「え?」

 小さく呟くノーマに、エルリアが目を丸くした。

「カミラの思いがあまりに強くて……。僕は誰よりもきみを大切に思っているつもりだったけれど、驕りだったように思えるよ」

「ど、どうしてそんなことを言うの!? ノーマはちゃんと、私を大事にしてくれてるわ!」

 ノーマの袖口をぎゅっと握りしめるエルリアに、思わず眉根を下げて微笑む。

 

「僕は、きみに嫌われることがとても怖い。憎まれるなんて、もってのほかだ。自分の真意も知らせず、誤解されたまま嫌われて終わるなんて──考えたくもない」

「ノーマ……」

「もしもそれがきみにとって最善の選択なのだとしても、僕はきっとどこかで、『分かってほしい』と願ってしまうと思う」

 

 それこそ、自分の思いをエルリアに伝えてほしいと魔女に願うかもしれない。

 カミラの愛は非常に一方的で支配的なものでもある。だが彼女も一時期は、エルリアに自分の思いを伝えようとしていたのだろう。

 しかしそれが届かず、カミラは諦めた。

 そして己が望む最優先の願いを、選んだ。

 

「……驕っていたのは私の方よ。同級生にも言われたの。私は万人に好かれようとしているんだ、って。本当に……その通りだったんだわ。誰からも嫌われたくなくて、誰にでも、何言われても何されてもいい顔して……。そんな私の姿が、誰かを傷付けるなんて考えもしなかった……」

 難しい話だな、とノーマは思った。

 誰からも嫌われたくないという思いは、ごく自然なものだろう。好かれたくていい顔をしてしまうのも、よくあることだ。

 エルリアが良くなかったのは、自分も誰かの──カミラの大事な存在なのだと自覚できなかったことなのだろう。

 

「エルリア……きみは、僕が誰かにいいように使われていたら、嫌な気分になるかい?」

「えっ?」

「僕が、誰かにこき使われて、碌に感謝もされていなかったら?」

 一瞬だけ考えたエルリアはすぐに(かぶり)を振り、顔をしかめた。

「それは……なんだかモヤモヤするわ」

「そっか」

 ノーマは思わず頬を綻ばせた。エルリアは今まで考えたことがなかっただけで、自分の大事な存在が雑に扱われる思いが分からないわけではないのだ。

 

「想像しただけで、胸がぎゅってなったの。カミラは、こんな気持ちで──ううん、実際に目の当たりにしていたカミラは、もっとずっと……嫌な思いをしていたのね」

 エルリアは深くため息をつくと、ようやくルノブルーメティーに口をつけた。

「きみは僕の宝物だよ、エルリア。だからこれからはきみにも、きみ自身を大事にしてほしい」

 ノーマがエルリアの肩を抱き寄せて瞼に唇を落とすと、彼女はくすぐったそうに頬を赤らめた。

 

「難しいわ。何をどうしたらいいのか……。だからノーマ」

「ん?」

「私が良くないことをしていたら、教えてほしい。あなたが嫌だと思うことを、私がやったり、言ったりしてしまっていたら。……今度はちゃんと、間違えないようにするから」

 

 もじもじしながら言うエルリアに、ノーマの胸が小さく跳ねた。

 自己肯定感が低く、妙に頑固なところもある彼女だが、己の非を認めて改善しようとする素直さが可愛いと思う。

「そこはお互い様だね。僕たちは夫婦になるんだ。二人で一緒に、教え合っていこう」

 

 ノーマとて、完璧なわけではない。真意は別として、カミラが誘惑するつもりで近づいてきていたことにも気が付かなかった。自分の鈍感さと楽観的な思考がエルリアを傷付けてしまうこともあるかもしれない、と思った。

 カミラの深すぎる思いに対し、自信がなくなってしまったのも本心だ。

 だが、ノーマは自分までカミラのようになる必要はないだろう、とも思った。彼女は己にはできないと判断したことを、ノーマに託したのだから。

 

「もうカミラに伝えることはできないのだろうけど、胸を張れるように生きていこう」

「……そうね。私もちゃんと、強くならなくちゃね」

 胸の奥に残る痛みは、きっとすぐには消えない。

 ──いや、消えなくてもいいのかもしれない。

 棘のように残る小さな痛みが残る限り、二人で努力し続けていけるだろう。

 何よりも大切な存在の幸せを願い続けた、彼女に恥じないように──。


 

 ***

「おい、バカ娘。どういうつもりだ?」

 ベッドで本を読んでいたカミラのもとへ、額に青筋を立てたレイヴァンがつかつかと歩み寄る。

 蹴り開けられた扉はキィキィと悲しげな音を立て、彼の部下の男が真っ青な顔でおろおろと追ってきた。

「か、カシラ……、お嬢は怪我人で……」

「うるせぇ、黙ってろ。つーか、席外せ。俺はこいつと二人っきりで話がある」

 

 おろおろした男はカミラを迎えに来てくれた男だった。他にも子分を引き連れ、あっという間にカミラの荷物を運び出してここにつれてきてくれた。彼もまたカミラを子供の頃から知っていて、いつの間にか「お嬢」と呼んでカミラの面倒をよく見てくれていた男だ。

 心配する目線を向けてきた男にカミラが微笑んで頷くと、男はカミラとレイヴァンに交互に視線を行き来させながら後ずさった。

 

「じ、じゃあ、何かあったら呼んでください。……お嬢に乱暴しちゃだめですからね、カシラ!」

「うるせぇっつってんだろ!」

 怒鳴り声を受けながら男がバタバタと立ち去ると、レイヴァンはカミラのベッドに乱暴に腰を下ろした。

「で? 手紙に書いてたことは本当か?」

「……うん。ごめんね、レイさん」

「謝れなんて言ってねぇだろ」

 レイヴァンの武骨な手がカミラの左頬を撫で、そのまま眦を拭った。

 カミラはレイヴァンに宛てた手紙に全てを記していた。

 願いが叶い、全てが終わったこと。その代償に左目の視力を失ったこと。

 

 ──そして、子供を授かれなくなったこと。

 

「はー……。ったく、片目は見えねぇし、ガキを産めなくなったダチのために、今度はテメェが産めなくなったって……」

「私が望んだことよ。あの子のためじゃないわ」

 カミラが答えるのと同時に、額に重い衝撃が落ちた。

「~~っ! いっ……たぁ……」

 容赦のない頭突きに、カミラは視界が揺らぎそうだった。

 

「テメェが自分を削ったことに変わりはねぇだろうが。そんな自己犠牲を教えたつもりはねぇぞ」

「私はレイさんに教わったことだけで生きてるわけじゃないもの。それに、『教わったことだけを身につけるのは雑魚。手前(てめぇ)の中でちゃんと昇華させろ』……って、レイさんも言っていたわ」

「ほんっっとに生意気だな、テメェは……」

「誰の影響かしらね」

 

 ビキビキと怒りの青筋を立てるレイヴァンに、カミラはさっと頭を両手で覆った。また頭突きや拳骨をされてはたまったものではない。彼の怒りの一撃は昔から容赦がないのだ。

 いや、かなり手加減されているのは百も承知ではあるが。

「はー……、くそっ」

 頭を掻きむしったレイヴァンは、カミラの両脚を下敷きにするようにごろんを体を横たえた。

 肩肘で頭を支え、カミラの髪を指先にくるくると巻いている。額の青筋は収まったが、眉間には不機嫌そうな皺が刻まれたままだ。

 

「……足、怪我してるから痛いんだけど」

「罰だと思って我慢しろよ」

「はいはい。……ごめんなさい」

 結果を知れば、彼が怒るであろうことは最初から分かっていた。エルリアが雑に扱われることにカミラが腹を立てたように、レイヴァンもまた、カミラに怒っている。

 

「何に対して謝ってんだよ?たとえ俺が止めていたとしても、お前はやめなかったろ?」

「うん。だから、曲げられなくてごめんなさい」

「……後悔は?」

「してない」

「なら、いい。ムカつくけどな」

 チッと舌打ちしたレイヴァンが再びカミラの頬を撫でた。

 

「こんなことになるなら、やっぱり一人くらい孕ませとくんだったぜ」

 思いがけないぼやきに、カミラの頬がわずかに熱くなった。

「……レイさん、私に最後までしたことないじゃない」

「だからムカついてんだろうが。お前がもうガキじゃねぇことぐらい、とっくに分かってたってのによ」

 どうやら後悔しているのはレイヴァンの方のようだ。

 かつてカミラが彼に身体の使い方を教わったとき、どれだけ頼んでも最後までしようとはしなかったというのに──。

 

「子供を産めない私は、もういらない?」

「あ゙?」

 口をついて出た問いに、カミラはレイヴァンから怒りの炎が上がるのを感じる。

 昔から、どうにも彼にだけは憎まれ口を叩いてしまう。駄々をこねる子供のようだと自覚していても、カミラはレイヴァンに対してだけは繕えなかった。

 

「──いっ!」

 撫でられていた頬を強くつままれ、横へと伸ばされる。レイヴァンの額には再び青筋が浮かび、眉間の皺も深くなっていた。

 

「本気でそう思ってんなら、怪我が治り次第出ていけ」

「いひゃっ、いひゃいから!」

 涙を滲ませて抗議すると、レイヴァンは伸ばしていた頬をパッ手放した。

 伸ばされた頬がじんじんと痛み、思わず彼を睨みつけてしまう。

 

「俺はなぁ……、俺のことを誰より理解しているのはお前で、お前を誰より理解しているのは俺だと思ってる」

「レイさん……」

 体を起こしたレイヴァンは上着の内ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

「それが間違いじゃねぇなら、答えなんざ分かってんだろ?」

 不機嫌そうに顰められた眉に、吊り上がった切れ長の目。その奥に潜む、小さな照れ臭さ。

 それに気付いたカミラは初めて、彼もまた──待っていたのだと知った。

 

 カミラが自分の願いを叶え、彼のもとへ帰ってくるそのときを。

 

「……レイさんの意地っ張り」

「どの口が言ってんだよ」

 白煙を吐き出したレイヴァンはカミラの頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃと荒々しく撫でまわした。

 向けられた視線にもう怒りはなく、ただ慈しむような温もりを帯びている。

 

「やっと帰ってきやがって。……お疲れさん。お前にしちゃあ、がんばったじゃねぇか」

「……うん。ただいま、レイさん」

 めちゃくちゃに乱された髪を直すこともせず、カミラは柔らかな笑みを浮かべた。



【完】

これにて完結です。

最後まで読んでいただき、本当に本当に、ありがとうございました!

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