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願うアイ  作者: めこまる
【最終章―歪んだ愛】
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第11話─ カミラの独白(後編)

 それからレイさんは、頻繁にうちを訪ねてくるようになった。

 母がレイさんのところの仕事で夜遅くまで帰らないことも多かったから、心配して様子を見に来てくれていたんだと思う。あの人の住んでるとこ、割と遠いんだけどね。

 本人は頑なに「仕込むためだ」って言い張ってたけど……。

 でも実際、レイさんは色んなことを教えてくれた。

 

「いいか。老若男女問わず、態度は変えるな。他人に手ぇ貸すなら、ガキ・女・年寄りを優先しろ」

「なんで? 老若男女問わずなのに、男の人はいいの?」

「好感度ってやつだよ。お前は何もしなくても人目を──特に、男の目を惹く。そういう女は、敵を作りやすいんだ」

 

 身に覚えがあり過ぎて、私は膨れっ面になってしまったわ。

「……何もしてないのに嫌われるんだけど」

「何もしてねぇからだよ」

 レイさんは煙草の煙を吐き出して、私の膨れた両頬を片手で押し潰した。

 

「ここに来るとき、お前がダチだっつってたやつを見かけた。随分と地味なやつだったな。お前と並ぶと霞むんじゃねぇのか?」

 

 突然そんなことを言われて、私は胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。

 エルリアは可愛いわ。いつもにこにこして、それこそ誰に対しても変わらない笑顔を向けてくれるのよ。

 ひとりぼっちだった私に、唯一の光をくれた子。

 それなのに、そんなふうに言うなんて許せないって思った。

 

 気付いたときには右手を振り上げていて、レイさんの頬を引っ叩いてた。

「……それだよ。その(ツラ)、その感情だ」

「えっ?」

 力いっぱい叩いてしまったのに、レイさんは怒りもせずに続けたわ。

 

「自分のために怒ってくれた。その事実は、他人の心を動かす。たとえ当人がその現場を見ていないのだとしても、人づてに話を聞くだけでも随分変わるもんだ」

「怒る……? 私は、悪く言われた女の子のために、怒るべきだったってこと?」

「そうだ。別にブチ切れる必要はねぇよ。限度ってもんもあるし、何より、感情的にキレるのは印象が悪くなる。お前を褒めようとした男も、貶められた女も、両方守ってやれ」

 

 私はじんじんする右手を眺めながら、一生懸命考えたわ。レイさんは赤くなった頬を擦ることもせずに私の言葉を待ってくれた。

「じゃあ、『そんなふうに人を悪く言わないで。悲しくなってしまうわ』っていうのは?」

「……フッ。悪くねぇな」

 レイさんは唇の端を吊り上げて、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「表情も忘れんなよ。そういうときは、愛想笑いなんざしなくていい。ただ少しだけ、『褒めようとしてくれたのは嬉しいけど』って最後に切なげに笑ってやれ」

「難しい……」

「お前ならできるさ。身体を売るしか能のねぇ母親とは違う。──いいか。敵を作らねぇように振る舞え。味方を多く作るんだ」

 レイさんは敵ばっかりのくせに……。

 そんな気持ちが顔に出ていたのでしょうね。レイさんは私の頬をつまんだ。

「俺みてぇな生業の人間はな、どうしても敵が多い。だが、カタギの人間は敵を作って得することなんざねぇんだよ」

 

 敵を作るな。味方を作れ。

 そのために、老若男女問わず──子供と女性、高齢者を優先的に助けろ。

 学を身につけ、圧倒的存在感を持て。

 常ににこやかに、でも怒るべきところはちゃんと怒れ。

 嘘はつくな。付け入る隙を与えてしまう。嘘はつかずに真実を隠せ。


 レイさんは他にもたくさんのことを教えてくれた。

 その教えを守って、小さな失敗と成功を繰り返していくうちに、私は他人に好かれるやり方が分かってきたの。

 女の子たちからも、一目置かれるようになっていったのよ。

 

 ──そして、分かってしまったの。私を嫌っていた子たちにとっての、エルリアの立ち位置を。

 

「エルリアって、すごくいい子だけど、"いい子ぶってる"って感じだよね」

「分かるー。私、この間さ、エルリアが『いいよ』って言うから掃除当番代わってもらったのに、先生に怒られたんだよ?」

「あの子、慈善活動とかもやってるから、先生ウケいいんだよねー」

「でも、頼んだら大抵のことはやってくれるから、うまく使えるんだよね」

 

 いつも助けてもらってるくせに、この言い草よ。腹が立って、咄嗟に反論しそうになったわ。

 でも──怒るときは冷静に、っていうのがレイさんの教えだったから、少し深呼吸したの。もちろん、彼女たちには分からないように、こっそりね。

 それで、思ったの。

 この子たちはエルリアの優しさにつけこんで、利用してるだけ。エルリアのこと、好きでも何でもないんだ……って。

 

 だから、試しに言ってみたの。

 

「エルリアばかりが先生に気に入られてるみたいで、みんなは寂しいわよね。みんなだって、いい子たちなのに」

 みんなが私の言葉にまんざらでもない顔をしたから、続けて言ったの。

 

「エルリアは先生に『がんばってるね』って褒めてもらえるのが嬉しいみたいだから、ついやり過ぎてしまうんだわ。みんなのことも考えてあげなくちゃいけないわよね」

 

 みんなの目が、変わったのが分かったわ。エルリアへの嫉妬や苛立ちを煽る言葉だったからね。

 教えられた通り、嘘はついていないわよ? だって、エルリアにとって褒められることが嬉しくないなんてこと、あるはずないからね。

 

 やり過ぎだっていうのも本心。他人の厚意に胡座をかく人間って、結構多いのよ。彼女たちみたいにね。頼まれたこと全部引き受けちゃうなんて、彼女たちのためにならないでしょう?

 私はね、テストのつもりで言ったの。試金石ってやつ。

 彼女たちの中にエルリアの普段の優しさや親切に感謝する気持ちがあるのなら、ちょっとモヤっとするぐらいの、なんてことない言葉だったはず。

 でも、彼女たちはこう受け取ったの。


「エルリアは、先生からの自分への評価を上げるために、みんなの頼みごとを引き受けてる」


 ──ってね。

 その日から、彼女たちはエルリアと距離を置くようになったわ。

 エルリアはワケも分からず悲しそうな顔をしていたけれど、私はこれで良かったと思っているの。エルリアがただ雑に利用されているだけの状況なんて、見ていられないもの。

 

 彼女たちは最初から、エルリアの友達なんかじゃなかったのよ。もちろん、彼女たちがエルリアに嫌がらせなんてしないようにもしたわ。

 陰口と噂はさすがに止められなかった。おかげでエルリアから離れたのは彼女たちだけではなかったんだけどね。

 ──あぁ、でも……一人だけ、噂に惑わされない子がいたわ。

 彼女は元々エルリアを好いてはいなかったけど、その理由が「いいように利用されるだけなのに、にこにこ言うこと聞いてて腹が立つ」だったの。ドライだけど、根が優しい子なのよね。

 

 彼女はエルリアに有害な人ではない。むしろ、有益になることもあるかもしれない──そう思った。だから、今でも時々お茶をする仲なのよ。

 逆に積極的に陰口叩いてた子たちは……まぁ、いい人生は送っちゃいないわよ。本当に、何年経っても扱いやすい子たちで助かったわ。

 

 エルリアが前に付き合ってた男も同じよ。あの子ったら、押しに弱いというか……自分なんかのことを好いてくれるなんてありがたい、なんて思っちゃうの。

 恋人だから、お互いに好き合ってる。好きだから付き合ってる。ごく当たり前のようにそう思っているのよ。たとえ好きじゃなくても、付き合うことくらいできるじゃない? あの子にはそれが、分からなかったのよね。

 

 あの男は、エルリアにとって初めての恋人だったの。エルリアははにかみながら「今お付き合いしてる人なの」って紹介してくれたわ。さほど顔も良くないし、背も高くない。それはまだいいけれど──頭が悪そうな男だなって思ったわ。

「エルリアの幼馴染で、カミラっていいます」

 私が自己紹介したら、男は目に見えてデレデレした顔で握手を求めてきたの。気持ち悪いから断ってやりたかった。でも、そうするとあとでエルリアが八つ当たりされる気がしたから、仕方なく握手してやったわ。

 もちろん、嫌な表情なんて微塵も見せずにね。

 そしたらその男は……やっぱり頭が悪かったのよ。恋人のエルリアの前で、こう言ったの。

 

「いやぁ〜。こいつにこんな美人な友達がいたなんてなぁ〜。こいつ、地味で平凡な女でしょう?カミラちゃんみたいな美人な友達なんて、もったいないくらいだよ」

 

 褒めたつもりだったんでしょうね。でも、友人を貶める言い方をされて、不愉快にならないはずがないじゃない。

 そんなことさえ分からない、頭の悪い男だったのよ。思い出すだけでも腹立たしいわ。

「カミラは子供の頃から可愛かったのよ」

 エルリアはエルリアで、そんなことを言われてもヘラヘラしてた。昔から謙遜の過ぎる子で、自己評価が低くてね。

 でも、馬鹿にされてる自覚さえ持てないなんて……さすがに悲しくなってしまったわ。

 

 それから男は、事あるごとに私をデートの場に呼ぶようになった。そのたびにエルリアを貶めては私を持ち上げようとするの。

「あの人はやめといたら?いつもエルリアにひどいこと言うじゃない」

 いい加減にしてほしくて、二人で話していたときはっきりそう言ったのに、やっぱりエルリアはヘラヘラと笑っていたわ。

「私が地味なのは本当だし……。それに彼、優しいところもあるんだよ?」

 

 優しい人はあんな言い方したりしない。現にエルリアは、他人をあんなふうに貶めたりしたことなんてないのに。

 

「優しいって、例えば?」

 一応そう訊いてみたらね、エルリアはこう答えたの。

「私が風邪引いたときはデート切り上げて早めに帰るように言ってくれたし……。この間もね、前を歩いていたおばあさんがハンカチを落としたのを、拾ってあげたのよ」

 呆れて物も言えないわよ。"優しい"のレベルが低すぎるわ。

 

 風邪引いたときのデートは家まで送ってくれなかったみたいだし、単純に感染(うつ)されたくなくて解散しただけよね。それに、目の前でハンカチを落とした人がいたら、拾ってあげるのは当たり前の話じゃないの。

 全部言ってやりたかったけど、やめたわ。好きな人を悪く言われれば不愉快になる気持ちに男女差はないもの。

 

 特にエルリアは、自分を悪く言われても怒ったりしないけど、好きな人を悪く言われれば怒るでしょうし。余計に意固地にさせてしまうかもしれなかったしね。

 あれの何がそんなに好きなのか、私には砂粒程にも分からなかったけれど──。

 

 あの男はやっぱりだめだ。

 そう思うのは、仕方ないことよね?

 

 その後も何度も「やめておけ」と伝えたのに、エルリアは私の言葉を選んではくれなかった。優しさを持って接すれば、誰もが優しさで返してくれると信じているの。

 あぁ、私の言葉はエルリアには届かない。そう思ったわ。

 

 だから、私が奪うことで証明したのよ。

 あの男は簡単にエルリアを裏切るんだ──って。レイさんに身体の使い方も教わってね。レイさんは私が子供の頃は頑なに手を出さなかったけど、「もう子供じゃない」って言ったら渋々教えてくれたわ。それでも、最後まではしてくれなかったけど。

 

 とにかく、私はエルリアの恋人を奪った。彼が一人のときに偶然を装って声をかけて、「ご縁があるようで嬉しいわ」なんて言ったら鼻の下伸ばして喜んでた。一時の気の迷いでは困るから、ちゃんと堕としたわよ?

 先に心を奪って、エルリアと付き合ってる間は身体の関係も拒んだ。

 あぁいう男はセックスがゴールみたいなところがあるから、先に身体を使うと満足してしまうかもしれないからね。


 それに、エルリアと別れる前に寝てしまったら、完全に()()()()になってしまうでしょう? それでは私に非ができてしまうじゃない。

 あくまでも私は「しつこく言い寄られて、エルリアとは別れたと言うから仕方なく付き合った」という体にしておかなくてはいけなかったの。


 

 ***

「なるほど。あなたは親友にとって害があると判断した人を、そうやって裏で手を回して意図的に引き離していたわけね」

 セリヴァルの翠玉の瞳が細められ、唇が「フッ」と弧を描く。

「えぇ。エルリアの傍にいるのは、善人でなくてはいけないわ。じゃないとあの子は、利用されて傷付くだけよ」

「善人でなくてはいけない、ねぇ……」

 その呟きの意味を、カミラは瞬時に理解したようだった。

 しかしそれでも、彼女の瞳は揺るがない。

 

「魔導士さま。あなたに叶えてほしい願いがあるの」

「何かしら?」

 問いかけると、カミラは真っ直ぐにセリヴァルを見据えて背筋を伸ばした。

 

「エルリアに、彼女のことだけを愛してくれる人との縁を。できる?」

「縁を授けるだけならできるわ。でも、タイミングまでは操作できない。あなたの条件に合う人が今どこにいるかも分からないし、その人と出会う前に、彼女が別の人と付き合うことだってあるでしょうね」

 セリヴァルの答えに、カミラはわずかに眉根を寄せた。

 

「もし、その人と出会う前にエルリアが他の男と結婚してしまったりしたら……」

「交際のハードルは上がるわね。たとえ既婚者でもあなたが奪うのは容易でしょうけど、問題はそこではないでしょうから」

 人は縁だけで結ばれるわけではない。その縁を掴むことができるかは、結局は当人の意志に左右される。

 結婚しているから、あるいは離縁した身だから、子供がいるから──。もしもエルリアが”運命の人”と出会う前に他の男と結婚してしまったら、様々な理由でせっかくの縁を掴めない可能性が高くなるだろう。

 カミラはそれを、即座に理解した。

 

「分かったわ。その人にエルリアが出会えるまでは、今まで通り私がなんとかする。だからもう一つ、"見抜く目"が欲しい」

「"見抜く目"?」

「エルリアの交際相手が、本当に心からエルリアのことだけを愛してくれる人なのか──運命の相手なのか、それを確認する手段が欲しいの」

 

 カミラほどの洞察力を持つ人間なら必要なさそうだが、とセリヴァルは思った。

 だがカミラは、確実性が欲しいのだろう。今まで彼女が操作してきたような思慮の浅い人間が相手であればまだいいが、己の本心を隠すことに長けているのはカミラだけではない。裏社会の男に育てられたカミラは、それを熟知している。

 

「一度だけ。それを使うのは一度だけでいいわ。『この人なんじゃないか』と思う人にしか使わない。それまでは、私がなんとかする」

「なるほど。いいでしょう。ただし、あなたにあげられるのは"見抜く目"ではなく、"覗く目"よ」

 セリヴァルはカミラの前に、握った手のひらを差し出した。それをゆっくりと開くと、そこには陣の描かれたガラス玉のようなものが転がっている。

 

「これを使えば、相手の思考の隅々まで覗くことができる。あなたなら、覗いた情報から相手が自分の望みに合う人間なのか判断できるでしょう」

「分かったわ。それでいい」

 カミラは一度だけ目を伏せると、ゆっくりと深く息を吸い込んだ。

 再び開かれた瞳には揺るぎない意志が宿り、鋭い光を帯びていた。

 

「対価は、私とエルリアの縁。それから、片目の視力。それで足りる?」

 

 その問いにセリヴァルは目を見開いた。確かに相応の対価を要求するつもりではいたが、自らそれを申し出てくるとは思わなかった。

 話に聞いている限りでは、彼女にとって何より大事なのはエルリアという存在のはずだ。そんな存在との縁を、カミラは何のためらいもなく差し出そうとしている。

 

「……足りるわ。でも、本当にいいの?」

「貴女に願いを叶えてもらうには、相応の対価が必要だと聞いているわ。人と人との縁を望むなら、己の縁を差し出すのが筋でしょう?」

 カミラの声は静かだった。

 しかしその静けさには、凄まじいほどの覚悟があった。

 

「私が望むのはただの縁じゃない。エルリアにとって何より大事になるであろう縁ですもの。だから私は、私にとって何より大事な縁を差し出す」

 どうやらカミラを育てた男は、"相応の筋"というものもきちんと教え込んだようだ。

 己の願いを叶えるために自分が何をするべきなのか、何を差し出すべきなのか、彼女は深く理解していた。

 

「言ったでしょう?エルリアの傍にいるのは、善人でなくてはいけない。私は、違うわ」

 そのときカミラが見せた笑みは、ふっきれたようでいて──しかしひどく、寂しげにセリヴァルには見えた。

 

「エルリアの傍にいるべきなのは、私ではないのよ」

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