第10話─カミラの独白(前編)
「話には聞いていたけど、魔導士さまは本当に美しい方ね。安心したわ」
セリヴァルと初めて対峙したカミラは、互いに名乗り合うと落ち着いた声でそう言った。
小さなテーブルを挟んで向かいに座るセリヴァルは妖艶な笑みを浮かべ、その耳には丸い水晶の連なる耳飾りが揺れている。
「安心って?」
唇に弧を描いたセリヴァルが問うと、カミラもまたわずかに口元を緩めた。
「今からする話はね、自慢話って取られることもあるの。人間って、愚かで思慮の浅いやつも多いのよ。でも、魔導士さまぐらい美しい方になら、そうは思われないだろうから」
カミラの笑みがわずかに沈む。その笑みが、セリヴァルには寂しそうにも見えた。
「ちょっとした自分語りよ。……聞いてくれる?」
「えぇ、もちろん。聞かせて」
迷わず返された答えに安心したように、カミラは話し始めた。
***
子供の頃の私はね、友達が一人もいなかったの。まぁ、今もほとんどいないんだけど。
理由はね、男の子たちが私をちやほやするから。たくさんの男の子たちがね、私を可愛いって言ったの。大人の男も、同世代の男の子たちも。他の女の子より、ずっと可愛いって。
それで、女の子たちには嫌われたわ。私が男に媚びてるんですって。笑っちゃう。
「あの子は鼻ぺちゃだけど、きみの鼻筋はシュッとして綺麗だね」
「あの子はそばかすだらけだけど、きみの頬はつるりとした白い陶器のようだね」
そう言って周囲の女の子たちを貶めていたのは男たちの方だったのよ。それが嬉しいと思ったことなんて一度もない。他者と比較して落とすことでしか吐けない賛辞なんて、何の価値もないじゃない?
私は他の女の子たちを貶めたことなんて一度もなかった。それなのに、あの子たちは私の方を嫌ったの。
同級生のお父さんたちより年上の男の人が、鼻息荒く私の身体をたくさん触ったわ。胸も、腿も。一人じゃないわ。何人もよ。母がお金のために呼んだ人たち。いつもは母が相手してたんだけど、その中でも私に目をつける人もいたのよね。何も知らない子供でも、気持ち悪いって思ってた。
それが嫌で、いつも一人で過ごしてたの。
でもなんにもすることないし、したいこともない。ただただ退屈で、公園でひたすら地面に絵を描いていたの。……絵ってほどのものではなかったわね、あれは。小枝を使って、ぐるぐる、ぐるぐる……ひたすらうずまきを描いていたの。
エルリアと出会ったのは、そんなときだった。
「カミラちゃん? カミラちゃんだよね?」
明るい声が頭上から降ってきてね。顔を上げたら満面の笑みのエルリアがいたの。
私が女の子たちに嫌われてるって、あの子だって知ってたはずなのに、声をかけてくれたのよ。
「私、エルリア! 一人なの? 一緒に遊ぼう!」
すごくびっくりしたわ。
あの子はなんのてらいもなく隣に腰を下ろして、同じように小枝で絵を描き始めたの。
「カミラちゃん、お絵かき好きなの? 私も好き!」
「え……。別に好きとかじゃ……」
「見て、猫ちゃん! うちによく遊びにくるコなの!」
エルリアが描いた猫が、これまたあまりに下手で……。言われないと猫だって分からないくらいで、私つい笑っちゃったのよね。
そしたら、エルリアったら自分の絵が笑われてるのに、嬉しそうにするのよ。
「カミラちゃん、笑うともっと可愛いね!」
なんて言ってね。
エルリアの方が可愛いわ。いつもにこにこして、屈託がなくて。初めてこんなふうに笑顔を向けてもらえた気がして、嬉しかった。
それから日が暮れるまで絵を描いたり、手遊びをしたりして遊んだの。
でも──。
「カミラ! あんたこんなとこにいたの!? 探したわよ!」
母が私を探して呼びに来たの。用件は分かってた。
「あんたに"お客さん"よ!」
意味が分かってないエルリアはきょとんとしていたわ。
「カミラちゃん、帰っちゃうんだね」
「うん……」
帰りたくなかったけど、仕方なかった。
"お客さん"の相手をしないと、ご飯食べさせてもらえないから。
「じゃあ、また遊ぼうね! 絶対だよ?」
エルリアはにこにこして私の手をぎゅって握ったの。
その手があったかくて、胸がじんわりして……つい言っちゃってたのよね。
「うん。またね、エルリア」
いつまでもぶんぶん手を振って見送るエルリアが可愛くて、まぶたに焼き付いたわ。
"お客さん"が私の身体を触っている間も、腰を振っている間も、ずっとエルリアのことを考えてた。
痛いし気持ち悪いけど、これを耐えれば、またエルリアと遊べるって思って……。
それからは、学校に行った帰りはエルリアと遊んで、夕方とか母が呼びに来たときは"お客さん"の相手をする日々が続いた。
"お客さん"は毎日来るわけじゃないけど、エルリアとは毎日一緒に遊んだわ。あの子と一緒にいる間だけは、私は普通の子供でいられた。他の女の子たちには相変わらず嫌われていたけど、それでも良かった。
エルリア以外、私はなんにもいらなかったの。
──レイさんがうちに来たのは、そんな頃だった。
「よう、ターニャ。久しいな」
「れ、レイヴァンさん! まだ支払いの日じゃないでしょう!?」
扉を蹴破って入ってきたレイさんに母は慌てていたわ。寝室で"お客さん"の相手をしていた私は声だけ聞いていたのだけど、"お客さん"も素っ裸のまま目を丸くしていたわ。
あぁ、借金取りが来たのかなって、私はぼんやり考えてた。
レイさんはそのまま寝室の扉も蹴破ったもんだから、"お客さん"はびっくりして跳び上がってた。
「……なるほどな。最近、てめぇの財布が潤ってきてると聞いて不思議だったんだよ。先月の支払いもやけに素直だったしな」
金糸の短髪、切れ長の目。瞳の色は……魔導士さま、あなたと似た綺麗な緑色。だけど、彼の目は獣みたいに鋭かった。背は高いし筋骨隆々で首も太くて、はだけた胸と袖を捲った腕にはいくつもの刺青と傷痕が見えた。獅子のような勇ましい姿だったわ。
明らかにカタギの人じゃなかったから、"お客さん"は震え上がってたわね。
「娘を使ってたのか。てめぇみたいな女に急に客が増えるわきゃねぇと思ってはいたが……」
「べ、別に関係ないでしょ!? 返済はちゃんとしてるんだから……!」
母は彼の腕を引いて寝室から追い出そうとしていたけど、あんなパワータイプの肉体をした人に勝てるわけないのよね。しがみつかれてもビクともしなかったレイさんが腕を一振りしただけで、母は壁まで飛ばされていたわ。
「おい」
「ひぃっ!」
「その汚ぇもんしまって、とっとと失せろ。邪魔だ」
ちょっと睨まれただけで"お客さん"は失禁しそうなほど青ざめて、大慌てで服をかき集めて逃げてった。素っ裸のままだったけど、あの人、騒ぎになったりしなかったかしら。……ま、そこはどうでもいいわね。
「おい、ガキ。名前は?」
「……カミラ。今度の"お客さん"は、あなた?」
「あ゙?」
母はお金をもらう代わりに自分の身体を差し出していたし、私にもそれをさせてた。色んなところにお金を借りていて、時々来る借金取りの人にもそうしていたから、この人もそうなのかと思ったのよね。
私がそう言うと、レイさんはすごく気を悪くしたようで眉間に深い皺を刻んでた。
「ガキに興味あるわけねぇだろ、ふざけんなよ」
「たくさんの人が喜んで私に触って、入れたの。あなたがそうじゃないかなんて、私は知らない」
当時の私は、失礼なことを言ってる自覚もなかった。子供に手を出すことは"普通じゃないこと"で、そういう人間なのかと問われることが酷い侮辱だなんて、思いもしなかったの。
「……そうか。知らねぇなら教えてやる。俺はレイヴァンってもんだ。お前の母親に金を貸してる。だが、ガキに手ぇ出す趣味はねぇ」
「ふぅん。じゃあ、私じゃだめだね。お母さんとするの? 寝室、すぐに空けるね」
散らばった服を拾っていく私にレイさんは舌打ちした。イライラしたみたいに頭をガシガシ掻いて、まだ壁際にうずくまってた母に向き直った。
「ターニャ。てめぇ、俺以外に何か所に金借りてんだ?」
「……細かいのも合わせたら五人よ。それが何?」
母は腕をぶつけたみたいで、痛そうにさすりながら答えたわ。レイさんは心配する素振りもなくフンッと鼻を鳴らした。
「それ全部俺が肩代わりする。てめぇの借金は俺のとこに一本化しろ。今後、他で借りるのは許さねぇ。それからてめぇは、俺の店で客を取れ」
「そ、そんな勝手な……!」
「俺に逆らう気か?二度と客取れねぇどころか、人前に出られねぇ身体にしてやってもいいんだぞ?」
母の髪を鷲掴みにして凄むレイさんの顔は私からは見えなかった。
でも、すごく怖い顔をしていたんでしょうね。母は全身が震えて、もう声も出せなくなってた。
「ガキには二度と客を取らせるな。もしまた客を取らせたら、てめぇの爪を全て剥ぐ」
「ひっ……」
「それでも続けたら、指の骨を全て折る。それでも足りなきゃ──」
「わ、分かった! 分かったから!」
「何がだ? 何が分かった? てめぇの口でちゃんと誓え」
「あの子に客は取らせない! 二度と! それでいいでしょ!?」
「フン。分かりゃあ、いい」
太い腕で母の髪を振り解いたレイさんは今度は私に歩み寄ってきた。まだ下着を履いただけの姿だった私に黙って服を着せて、ベッドに座らせてくれた。
下顎を掴んで私の顔を上向かせたレイさんは、視線を合わせた瞬間──少しだけ切なげな目をした。
「ガキのくせに、この面じゃあなぁ……。苦労したろ?」
「苦労……?」
ふるふると首を振る私に、レイさんは怪訝そうな顔をした。
「他の子が"お客さん"の相手をしてないことは知ってる。でも、畑仕事とか、大人の仕事を手伝ってる子もいるから。私はお母さんの仕事がこれだから、手伝いもこれだっただけでしょう?」
そう答えた途端、レイさんの拳骨が落ちたの。ちょうどここ──頭のてっぺんのとこ。ゴンッて、鈍い音が響いた。
痛かったわ。すっごく手加減してくれてたって、今なら分かるけど……。
重い拳が脳天を直撃して、びっくりして涙が滲んだの。私は父の顔も知らないから、拳骨されたことなんて生まれて初めてだったのよね。
「全っ然ちげぇよ、馬鹿が。ガキのくせにそんな死んだような目ぇしやがって」
「痛い……」
「あぁ。痛ぇなら、そう言え。それでいい。嫌なことは嫌と言っていい。だが、覚えておけ。お前の面は人目を惹く。それも、タチの悪ぃことにお前は既に色香を持っちまってる。お前が"お客さん"と呼んでたようなクズどもは、そんな香りを嗅ぎつける」
レイさんの言っていることは難しくて、当時の私にはあまり理解できなかった。
でも、心配してくれてるんだってことだけは分かった。
「お前には、俺が仕込んでやる。男に、誰かに使われるんじゃなく、使える側になれるように」
「? 意味が、分からない……」
今度は中指でおでこを弾かれた。それもまた痛くて、私がおでこを押さえて顔をしかめると、レイさんはなぜか嬉しそうにニヤッと笑ったわ。
「この汚ぇ世界を生き抜く術を、教えてやるって言ってんだよ」
後で聞いた話だけど──死んだような目をしてるより、痛くて涙ぐんでる目の方がまだマシだ、って。
本当に、レイさんは乱暴者よ。
でもね、そんな人が私を、"育てた"の。




