第3話「父の有給取得大作戦」
「ユイちゃん、来週は参観日だな!」
夕食の席で、父が興奮気味に言った。魔法学校から配布されたお知らせを手に、目を輝かせている。
「そうですね」
私は淡々と答えた。
参観日か。嫌な予感しかしない。
「8時間も離ればなれの日々の中で、愛娘の学校生活を見ることができる貴重な機会だ!」
大げさすぎる。
「でも、お父さんの会社、平日は忙しいでしょ?」
母が心配そうに言った。
「心配ない!」
父は胸を張った。
「有給休暇を取る!何があっても参観日には参加するぞ!」
この人の有給取得への執念は異常だ。
「親父、参観日っていつだっけ?」
レンが目を輝かせて興味を示した。
「来週の火曜日だ」
「火曜日...俺の研究発表と重なってるな。でも愛しいユイちゃんのためなら研究発表なんて!」
「息子も参加するのか?」
「当然だ!ユイちゃんの学校生活を見るまたとない機会だからな!俺の可愛いユイちゃんの晴れ姿を!」
最悪のコンビが揃った。
私は小さくため息をついた。
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翌日、父は会社で同僚の佐藤係長に相談していた。
「魔王さん、また娘さんの話ですか?」
佐藤係長は呆れた表情を浮かべた。
「今度は参観日なんです!愛娘の晴れ舞台を見逃すわけにはいきません!」
「でも来週の火曜日って、重要な会議があるじゃないですか」
「そこをなんとか...」
父は頭を下げた。
「田中部長に相談してみたらどうです?」
「そうします!」
父は部長室に向かった。
「田中部長!」
「おや、魔王さん。どうしました?」
田中部長は子煩悩で知られており、父の娘自慢にも理解を示してくれる数少ない上司だった。
「実は、愛娘の参観日で有給を...」
「ああ、それなら問題ありませんよ」
「本当ですか!」
「ただし」
田中部長は続けた。
「火曜日の会議資料、前日までに完成させてください」
「承知しました!」
父は安堵した。
しかし、問題はそう簡単ではなかった。
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その夜、父は自宅で会議資料の作成に取り掛かった。
「愛娘のためなら、徹夜でも...」
しかし、普段の残業で疲れている父には厳しい作業だった。
普通に頑張って作業を進める父。特別な道具は使わず、ひたすら資料と向き合っていた。
「お父さん、大丈夫?」
私は一応心配した。
「大丈夫だ!愛娘の参観日のためなら何でもできる!」
根性で乗り切ろうとしている。
「息子よ、手伝おうか?」
レンが声をかけた。
「ありがたい!」
二人で普通に資料作成を進めていた。
しかし、徹夜作業の疲労で効率が悪くなってきた。
翌日、父は無事に会議資料を提出し、有給休暇を取ることができた。
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参観日の朝、父は張り切っていた。
「今日は愛娘の晴れ舞台だ!」
「お父さん、なんでタキシード着てるの?」
私は冷静に指摘した。
「愛娘の前では正装が礼儀だ!」
正装って何だよ。参観日にタキシードはおかしいだろ。
「お父さん、目立ちすぎます」
母も困った表情を浮かべた。
「構わん!愛娘のためなら何でもする!」
レンも研究発表を早めに切り上げて参加する予定だった。
学校に到着すると、他の保護者たちの視線が集まった。
「あの人、理事長のご主人よね...」
「なんでタキシード?」
「個性的ね...」
当然の反応だ。
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授業が始まった。今日は魔法薬学の授業だった。
「それでは、この薬草の効果について説明してください」
ロバート・ハーブス先生が私に質問した。
「はい。この薬草は治癒効果があり...」
私が答えていると、父が興奮し始めた。
「さすが愛娘だ!完璧な答えだ!」
「お父さん、静かにして」
私は小さく注意した。
しかし、父の興奮は止まらなかった。
「我が娘の知識は天下一品!」
「あの...お静かに」
ハーブス先生が困った表情で言った。
その時、レンも到着した。
「遅れて申し訳ない」
「息子よ!」
父は嬉しそうにレンを迎えた。
「ユイちゃんの授業風景はどうだ?」
「素晴らしいな。流石俺の愛しいユイちゃんだ」
二人で勝手に盛り上がり始めた。
恥ずかしい。
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授業が進むにつれて、父とレンの興奮は最高潮に達した。
「ユイちゃんの集中している姿は美しい!」
「そうだ親父!俺のユイちゃんの学習能力は天才的だな!」
「やはり我が家の血筋は優秀だ!」
「ユイちゃんは世界で一番可愛い妹だ!」
うるさい。
他の保護者たちも困惑していた。
「理事長のご家族って...」
「とても...個性的ね」
その時、父の魔王の力が暴走し始めた。
興奮しすぎて、教室に小さな魔法陣が出現した。
「お父さん、力が漏れてる」
私は冷静に指摘した。
「おお、すまん!愛娘への感動が抑えきれなくて...」
父の感情が高ぶりすぎて、ついに本気を出した。
「『第九位階・至福魔法』を発動する!」
教室全体が神々しい光に包まれた。
こんなしょうもないことのために最高ランク魔法を使うな。
「俺もユイちゃんへの愛が溢れそうだ!」
レンも興奮していた。
ハーブス先生も生徒たちもパニック状態だった。
「あの、これは...」
「大丈夫です」
私は平然と答えた。
「いつものことなので」
いつものことって何だよ。
近所の人たちが窓の外から様子を見ていた。
「また魔王さんの家が...」
「今度は学校も光ってる...」
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「すみません!」
母が教室に駆け込んできた。
理事長として、緊急事態に対応するためだった。
「お父さん、落ち着いて」
母が手をかざすと、魔法陣は消えた。
「アキ...すまない」
父は反省した。
「レンも、もう少し控えめにしなさい」
「すみません、お母さん」
レンも大人しくなった。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
母は他の保護者たちに謝罪した。
「いえいえ、理事長」
「ご家族の絆が素晴らしいですね」
なぜか好意的に受け取られた。
よく分からない。
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参観日が終わった後、廊下で家族が話していた。
「今日は素晴らしい一日だった!」
父は満足そうだった。
「ユイちゃんの学校での姿を見ることができて感動した」
「俺も愛しいユイちゃんの頑張りを確認できて最高だった!」
レンも嬉しそうだった。
「でも、来てくれて嬉しかった」
私はぽつりと呟いた。
「本当か!ユイちゃん!」
「愛しいユイちゃんが喜んでくれて俺は幸せだ!」
父とレンが同時に感激した。
「恥ずかしかったけど、家族が来てくれるのは悪い気分じゃない」
「愛娘よ!」
「俺のユイちゃん!」
二人とも泣きそうになった。
「お父さん、お兄ちゃん、人前で泣かないで」
私は冷静に制止した。
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家に帰った後、父は会社での報告書作成に取り掛かった。
今度は普通に作業していた。
「やっぱり普通が一番だな」
父がぼそりと呟いた。
学習したようだ。
「お疲れ様、お父さん」
私は平然と声をかけた。
「ユイちゃん、今日は本当にありがとう」
「別に何もしてないけど」
「愛娘がいるだけで、お父さんは幸せだ」
「そう」
私は淡々と答えた。
まあ、たまにはこういう日も悪くない。
でも、次の参観日はもう少し普通にしてほしい。
その夜、玄関のチャイムが鳴った。
「魔界通販便です」
また届いた。
箱には『次回参観日用・完璧父親システム』と書かれていた。
「お父さん、また注文したでしょ」
私は呆れながら箱を受け取った。
明日もまた騒がしい一日になりそうだ。
まあ、いつものことか。