第2話「マモンの幼稚園警備事件」
いつものように魔法学校に向かう準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい」
ドアを開けると、そこには近所のミラー夫人が立っていた。魔法使いの未亡人で、いつも庭の手入れをしている優しいおばさんだ。
「あら、ユイちゃん。お母様はいらっしゃる?」
「母は学校に行きました。何かありましたか?」
「実は...」
ミラー夫人は困った表情を浮かべた。
「また例の堕天使の人が、向こうの幼稚園で問題を起こしているのよ」
あー、やっぱりか。
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「ユイちゃん、お母様に連絡してもらえるかしら?」
「分かりました」
私は母に連絡を取った後、現場を確認するために幼稚園に向かった。
別に見に行く必要はないんだが、なんとなく気になる。
幼稚園に到着すると、案の定、マモンの姿があった。門の前で腕を組んで立っている。
「やあ、紳士諸君」
マモンが振り返った。
紳士諸君って誰に向かって言ってるんだ。
「マモン、今度は何やってるの?」
「ああ、ユイちゃんか。実は重要な任務を遂行している」
任務って何だよ。
「この幼稚園の警備をしているのだ。純真無垢な子供たちを危険から守るのは、堕天使とはいえ元天使の使命だからな」
建前はもっともらしいが、絶対嘘だ。
「それで、具体的に何をやったの?」
「何もやっていない。ただ警備をしているだけだ」
その時、幼稚園の先生が出てきた。
「あの...ユイさんでしたっけ?理事長のお嬢さんの」
「はい」
「実は、その方が...」
先生はマモンを指差した。
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「朝から門の前に立って、園児たちを『観察』していらっしゃるんです」
観察って何だよ。完全にアウトじゃないか。
「それだけじゃないんです」
先生は困った表情を続けた。
「園庭に魔法陣を描いて、『安全確認用の結界』とおっしゃって...」
「結界だと?」
マモンが反応した。
「そうだ!子供たちを危険から守るために、俺が設置した特製の結界を...おお、天使のような園児たちが!」
だんだんテンションが上がってきた。
「あそこにいる金髪の女の子!まさに天使の化身だ!」
「そしてツインテールの子も可愛いじゃないか!」
男の子については何も言わないのか。
「ひゃっほう!幼女パラダイスだぜ!」
完全に変態モードに入った。
「マモン、落ち着け」
私は冷静に制止しようとしたが、もう聞いていなかった。
「それで、その結界なんですが...」
先生が困った表情で続けた。
「とても強力で、私たちでは解除できないんです」
「何それ、どんな結界?」
「園庭全体を覆う巨大なドーム状の結界で、外からの魔法を完全に遮断してしまって...」
しょうもない目的のくせに本格的すぎる。
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「そういえば」
マモンが急に振り返った。
「ユイも昔は可愛かったなあ。5歳の頃のユイは本当に天使のようで...」
やめろ、その話は。
「あの時はレンと俺で、ユイを巡って壮絶な戦いを...」
「その話はしなくていい」
私は平然と遮った。
しかし、マモンは止まらなかった。
「『僕の妹に近づくな!』と言って魔法陣を展開するレンと...」
「『こんな天使のような子を独り占めするとは!』と叫ぶ俺の戦い...」
いつまで昔の話をするんだ。
「結果、アキに両方とも制裁されたんだよなあ」
当然の結果だ。
「またやってしまったか...と思ったものだ」
学習しろよ。
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「それで」
先生が話を戻した。
「保護者の方々から苦情が来ていまして...」
「当然だな」
私は納得した。
「『不審な男性が園児を見つめている』『魔法陣が怖い』『子供が帰りたがらない』などなど...」
「子供が帰りたがらないのは」
マモンが得意げに言った。
「俺の結界が心地よいからだ!子供たちも俺の愛情を理解している!」
勘違いも甚だしい。
「いえ、あの...」
先生が困惑した。
「『変な人がいるから怖い』と言って泣いてるんです」
「なんだと!」
マモンがショックを受けた。
「俺は子供たちを愛しているのに!」
一方通行の愛情ほど迷惑なものはない。
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その時、幼稚園の園庭から子供たちの声が聞こえた。
「先生〜、変なおじさんがまた来てる〜」
「怖い〜」
マモンの顔が青ざめた。
「お、おじさん...だと?」
年齢を気にしてる場合か。
「俺はまだ若い!堕天使は不老不死なんだぞ!」
「それより、子供たちが怖がってるのが問題だろ」
私は冷静に指摘した。
「しかし、俺は彼らを守ろうとしているだけで...」
「結果的に迷惑をかけてるんだよ」
その時、マモンの目に涙が浮かんだ。
「愛情が...報われない...」
知らんがな。
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「マモン」
低い声が響いた。
来た。
振り返ると、魔法学校から緊急で駆けつけた母が立っていた。理事長としての威厳と、元勇者としての威圧感を全開にしている。
「お母さん、早いですね」
「ミラーさんから連絡をもらって、すぐに来ました」
母は幼稚園の先生に向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。知り合いが迷惑をおかけして」
「いえいえ、理事長がわざわざ...」
「マモン」
母の視線がマモンに向いた。
「即刻退去しなさい」
「しかし、子供たちの安全が...」
「あなたがいることで子供たちが不安になってるのよ」
正論だ。
「でも俺は愛情を込めて...」
マモンがまだ言い訳しようとした時、母の目が光った。
「二度と幼稚園に近づかないこと。これは最後の警告よ」
「ふん、アキの忠告など...」
また言った。学習能力ゼロか、こいつは。
次の瞬間、マモンは母の魔法で宙に浮いていた。
「ぎゃああああ!すみませんでした!」
「魔界に帰って反省しなさい」
母が手を振ると、マモンは魔法陣と共に消えていった。
「あの、結界の方は...」
先生が心配そうに言った。
「ああ、それも解除しておきますね」
母が手をかざすと、園庭を覆っていた巨大な結界がゆっくりと消えていった。
さすが元勇者、堕天使レベルの結界も簡単に解除する。
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「本当に申し訳ありませんでした」
母は先生に改めて謝罪した。
「いえ、理事長のおかげで解決しました」
「今後、あの堕天使が現れた場合は、すぐに連絡してください」
「はい、ありがとうございます」
私は一連の流れを見ながら思った。
この光景、何回見たことか。
「ユイ、学校は?」
「今から行きます」
「そう。気をつけていってらっしゃい」
「はい」
私は幼稚園を後にした。
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魔法学校に到着すると、親友のリナが声をかけてきた。
「ユイ、今朝遅刻しそうになってたけど、何かあった?」
「マモンが幼稚園で問題を起こした」
「あー、またか」
リナは呆れた表情を浮かべた。エルフの彼女は冷静な性格で、我が家の事情を全て知っている数少ない理解者だ。
「今度は何やったの?」
「幼稚園の警備と称して園児を観察してた」
「それはアウトでしょ」
当然の反応だ。
「お母さんが魔界送りにしたから、しばらくは平和だと思う」
「ユイの家って、本当に退屈しないよね」
「別に望んでるわけじゃない」
私は淡々と答えた。
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学校から帰宅すると、父がもう会社から帰っていた。
「おかえり、ユイちゃん!」
「ただいま」
「今日はマモンが幼稚園で問題を起こしたそうだな」
「お母さんから聞いた?」
「ああ。しかし、あいつもやりすぎだ」
父が珍しくマモンを批判した。
「流石に幼稚園児への愛情は理解できん」
「お父さんがそれ言うか」
私は冷静にツッコんだ。
「私への愛情も十分やりすぎだと思うんだけど」
「それは別だ!ユイちゃんは私の愛娘だからな!」
結局そこに行き着く。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
母が出ると、そこには大きな花束を持ったマモンが立っていた。
「やあ、アキ。先ほどは申し訳なかった」
落ち着いた口調に戻っている。
「マモン、魔界から戻ってきたの?」
「反省して戻ってきた。これは謝罪の花束だ」
「ありがとう。でも、もう幼稚園には近づかないでよね」
「分かっている。またやってしまったか...と深く反省している」
本当に反省してるのかな。
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夕食の時間、マモンも加わって家族で食卓を囲んだ。
「それにしても」
レンが箸を置いた。
「マモンの幼女好きは昔からだったな。でも俺は愛しいユイちゃん一筋だ」
「幼女好きとは失礼な。俺は純粋に少女たちを愛しているだけだ」
「同じことだろ。それより、俺の愛しいユイちゃんへの愛情の方が純粋だ」
レンの冷静な指摘に、マモンは言葉に詰まった。
「しかし、ユイちゃんが5歳の頃は本当に可愛かった」
父が便乗した。
「そうだ!あの頃のユイちゃんは天使そのものだった!」
レンも興奮し始めた。
「その話はもういい」
私は平然と制止した。
「でも、あの頃のユイちゃんの写真を見ると...」
「お父さん」
母が警告の視線を送った。
「はい...」
父は大人しくなった。
「まあ、今のユイちゃんも十分可愛いがな」
「その通りだ、親父!俺の愛しいユイちゃんは最高に可愛い!」
「お父さん、お兄ちゃん、食事中」
私は淡々と注意した。
いつものやり取りだ。
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食事が終わった後、マモンが帰り際に呟いた。
「明日はどこか別の場所で愛を注ごうかな...」
「やめとけ」
私は即座に制止した。
「どこに行っても問題になるから」
「そうか...愛を注ぐ場所がない...」
マモンは落ち込んだ。
「家で大人しくしてろ」
「それも寂しいな...」
知らんがな。
マモンが帰った後、私は自分の部屋で宿題をしていた。
今日も平常運転だった。
明日はどんな騒動が起きるんだろうか。
まあ、考えても仕方ない。
私はため息をついて、宿題に集中することにした。




