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第1章:星影の出会いと、運命の囁き

 ルナの日常は、星と共にあった。彼女が暮らす「アストラルムの里」は、古くから星の動きを読み解き、森羅万象の預言を司る一族の聖地だ。里の中央にそびえる「星見の塔」の最上階、磨かれた水晶板の前に立つルナの瞳には、見慣れた森の木々ではなく、遥か彼方の星々の瞬きが映っていた。彼女はまだ十六歳だが、その星詠みの能力はすでに里の長老たちも舌を巻くほどだった。


 毎朝、陽が昇る前に塔に登り、夜空の残滓を読み解くのが日課だ。水晶板に映る光の筋や色の変化から、里に訪れる恵みや、遠い場所で起こる出来事を読み取る。そんな穏やかな日々に、ルナはささやかな充実を感じていた。けれど、心の奥底にはいつも、幼い頃から聞かされてきた「古の預言」が重くのしかかっていた。


「いつか、星は一つの大きな光を放ち、そして二つに引き裂かれるだろう。その光は、遠き国の王子と、我が一族の星詠みの娘が出会う時、世界を分かつ運命を告げる」


 その預言の最後の一文、「世界を分かつ運命」という言葉が、ルナの心をしばしば不安にさせた。里の者たちは皆、それが遠い未来のことであり、自分たちとは関係ないことだと考えているようだったが、ルナは違った。彼女の星詠みは、漠然とした未来の予兆を感じ取ることができたからだ。


 ある夜、いつものように星を読んでいたルナの水晶板が、突然、激しい光を放った。目を閉じてもまぶたの裏に焼き付くほどの、鮮烈な光。それが収まった後、水晶板に映し出されたのは、見知らぬ男性の横顔だった。整った顔立ちに、どこか憂いを帯びた瞳。そして、その背後で、夜空が裂けるように不吉な赤い光が走った。


 ルナは息を呑んだ。これは、予知夢だ。それも、これまで見たことのないほど鮮明で、強い力を持ったもの。里の長老に相談したが、「まだ時期尚早」とだけ言われ、具体的な答えは得られなかった。不安と、どこか惹きつけられるような不思議な感情がルナの心を支配した。


 数日後、里の薬師が隣国との交易で使う薬草が不足しているという話が持ち上がった。普段は年長者が行くのだが、今回は珍しい薬草が国境付近の特定の場所にしか生えないため、地の利を知るルナが同行することになった。慣れない場所への少しの緊張と、あの予知夢の男性が頭の片隅にあった。まさか、そんな偶然があるはずない、と自分に言い聞かせながら。


 国境にほど近い、深い森の入り組んだ道を、薬師の助手を務める若い里の男と共に進んでいた時だった。突然、耳をつんざくような馬のいななきと、金属がぶつかる音が聞こえた。慌てて茂みに身を隠すと、そこには見慣れない甲冑を身につけた兵士たちと、彼らに囲まれた一人の男がいた。その男は、兵士たちとは明らかに異なる、高貴な雰囲気を纏っている。そして何よりも、ルナは彼の顔を見て、息が止まりそうになった。


 予知夢で見た、あの男性だ。


 彼は剣を抜き、冷静な動作で襲いかかる兵士たちをいなしていた。その表情は冷徹に見えるが、時折、深い悲しみがその瞳に宿るのがルナには見て取れた。兵士たちは隣国の紋章をつけている。つまり、彼が隣国の人間であることは明らかだ。そして、あの高貴な佇まい。まさか……王子?


 ルナの胸が激しく高鳴った。もし彼が王子なら、あの予知夢は、そして古の預言は、現実になるということなのか。預言が告げる「運命の恋人」が、今、目の前で戦っている。


 戦いが終わり、兵士たちが退散していく中、ルナは意図せず茂みから小さな音を立ててしまった。男は瞬時にその方向に顔を向けた。鋭い視線がルナを捉える。身を隠していたはずなのに、なぜか見つけられている。


 男はゆっくりとルナの方へ歩み寄ってきた。彼はその冷徹な表情のまま、ルナを見つめた。ルナは怖くて動けない。けれど、その瞳の奥には、彼が予知夢で見せた憂いと同じものが宿っているように感じられた。


「…何者だ」


 低く、けれど響く声がルナに問いかけた。ルナは震える声で、里の者であることを告げた。男はルナの返答に小さく頷いた後、その視線をルナの瞳に定めた。


「お前からは、星の香りがする。まるで、夜空そのもののように」


 その言葉に、ルナはハッとした。彼は、彼女の星詠みの能力を、一目で見抜いたのだ。彼の瞳の奥には、ルナが感じたのと同様の、何か抗いがたい引力のようなものが宿っているように思えた。それは、恐怖を凌駕するほどの、強烈な感覚だった。


 彼は自分の身分を明かさなかったが、その立ち居振る舞いや、彼を「殿下」と呼ぶ従者の声が、彼が隣国の王子であることを明確に示していた。ルナもまた、自分の星詠みの能力をひた隠しにした。だが、あの夜から、ルナの心は激しく揺れ動くことになる。


 里に戻り、改めて水晶板に向かったルナは、そこに映る光景に愕然とした。やはり、あの男性は隣国の王子、カイ・アルド・ヴェルメス。そして、彼と自分が並び立つ光景の背後には、二つの国が炎に包まれ、星が引き裂かれるおぞましい未来がはっきりと示されていた。


「二人の恋は、国を、世界を分かつだろう」


 預言が、今、現実の言葉となってルナの心に突き刺さった。個人的な感情と、一族、そして世界の命運を背負う重責。その狭間で、ルナの心は張り裂けそうだった。しかし、あのカイの瞳の奥にあった光が、ルナの心を離さない。


 あの予知夢と、古の預言。それは彼との出会いを告げていた。けれど、それが「世界を分かつ運命」だというのなら、この恋は決して許されないものなのだろうか。


 ルナは水晶板に映るカイの顔を、静かに見つめた。そこには、預言が示すような悪しき影は微塵もなく、ただ、孤独と、何かを求めているような深い眼差しがあった。


 一度会ってしまった。そして、互いに惹かれてしまった。

 この出会いは、本当に世界の破滅を意味するのだろうか?


 ルナは、もう一度、カイに会いたいと強く願った。預言の恐ろしさを知りながらも、抗えないほどに惹かれる自分の心に、彼女は戸惑いながらも、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

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