第3章:マドンナの仮面、ヒロインの涙
【1】
「……りおんってさ、いつも誰かの“好き”を連れてるよね」
カラオケからの帰り道、Aちゃんはぽつりとつぶやいた。
夜の帰り道。りおんと二人きり。街灯のオレンジに照らされるAちゃんの横顔は、普段の“完璧なマドンナ”ではなかった。
「え?……どういう意味?」
りおんが少し笑って聞き返す。だが、心臓はバクバクいっていた。
ふー太郎の歌。あの視線。あめめの一言。
──全部が、頭にこびりついて離れない。
Aちゃんは笑った。いつもの“マドンナスマイル”で。
「ふー太郎って、昔は私の隣にいたよね。でも、今はあなたの笑いに反応する」
その言葉に、りおんは足を止めた。
「……そっか、見てたんだ」
Aちゃんは何も答えず、空を見上げた。沈黙のあと、ふっと微笑む。
「私ね、好きな人に“ふられる予感”がすると、日記に名前を書くの」
「“告白された人リスト”……?」
Aちゃんは小さくうなずいた。
「ふられるのって怖いじゃん?でも、私が“先に選ばれてた”って思えたら、少しだけ楽になるの」
りおんは言葉を失った。
そのリストには、ふー太郎の名前もあった。けれど――彼女は“誰にも告白されていない”ように見えた。
【2】
一方そのころ、男子組はファミレス「ヅッキーニ」へ。
「Aちゃんとりおん、帰り道バチバチじゃね?」とぶるべるが軽口をたたく。
「いや~、女子って繊細だなぁ。俺、男でよかったわ〜」とふー太郎がポテトを両手でつまみながら言う。
せきたてがすかさず乗る。
「繊細なのはいいけどさぁ、パンツ黒いのはずるくね?」
「誰がパンツの話しろ言うた!?そして、誰の見たんだよ!」トマが本気で怒る。
うかんむりはスマホを見ながら、
「……ふーくん、今日の歌、すごくよかったよ。……でも、誰のために歌ったのかは、まだ言わないでね」
ふー太郎は笑ってごまかしたが、その頬はほんのり赤かった。
【3】
その夜。りおんの部屋。
スマホを握ったまま、既読のつかないAちゃんのLINEを見つめていた。
「ごめんね、ちょっと言いすぎたかも。でも、やっぱり私はずるいんだよね。」
通知音が鳴った。ふー太郎からだった。
「今日、楽しかったね。りおんの笑い声、やっぱ好きだわ。」
りおんの胸がぎゅっとなる。画面を伏せて、ベッドに顔を埋めた。
──どうして、Aちゃんの涙の理由に気づけなかったんだろう。
そして、どうして自分は、ふー太郎の言葉に“こんなにも”喜んでしまうのだろう。