第13章「閉ざされた記憶、開かれる扉」
「こっちだ。静かにな……誰かに見られてるかもしれない」
せきたては、クオンとにぇるこを連れて旧校舎の地下へと足を踏み入れた。
手に握っているのは、ぽんぽこ先生が密かに託した20kgの鍵。
「……72時間合宿の夜、俺が消えてたのはここだ」
地下室の空間は、まるで時間が止まったように冷たく、
壁一面にモニターとうーちゃんの写真、記録媒体が散乱していた。
にぇるこがディスプレイを操作すると、動画ファイルが再生された。
【タイトル:ボクのうかんむり日記④】
『ん?』
せきたてが慌てて動画を停止し、
本来の動画を再生する。
【タイトル:72h_night1.mp4】
『……あれ? 先生、これって“睡眠誘導”ってやつじゃないですか?』
『しーっ……今は、観察中なの』
声の主は、ぽんぽこ先生と――ぱん。
『ふー太郎くんって、あったかいよね。ねぇ、先生、あたし彼に何かしてもいい?』
『ダメよ、ぱんちゃん。それ以上は……』
(音声、ここで切断)
にぇるこが呟く。「これ、公開されたやつの前……?」
せきたては頷いた。「キャットが見たのも、たぶんこの一部だ」
—
一方、つきは昇降口で落ち込んでいた。
「……ぶるべる、なんか変なんだよね。急によそよそしくて」
つきはポケットからしわくちゃのメモを取り出す。
『72時間の夜、ふー太郎とぶるべるの寝袋がくっついてた』
『でも、あたし……それ、夢じゃなかった』
記憶が曖昧なのに、手に残るぬくもりは鮮明だった。
—
放課後、りおんが廊下を歩いていると――ぱんがすっと隣に現れた。
「りおんちゃん、最近元気ないね?」
「……ぱんちゃん。あなたさ――」
「“そらん”が言ってた? あたしが黒幕だって?」
ぱんは首をかしげ、ニコニコと笑ったまま言った。
「ねえ、りおんちゃん。“記憶”って、あたしみたいなもんなんだよ。
誰かが求めれば、いくらでも“甘く”“都合よく”してあげられる」
「……ふざけないで」
りおんの目が、はっきりとした怒りを宿した。
「私は、あなたを信じたかった。でも、もうわかってる。
あなたが“何か”を隠してるってことくらい」
ぱんは少しだけ笑みを曇らせた。
「……そらんちゃん、やっとりおんちゃんにお別れしたくなったの?」
りおんはその意味が、すぐには理解できなかった。
「……え?」
「そらんちゃんは、もうあなたを守る必要がないって思ってる。
それって、“最後のお別れ”の準備じゃない?」
ぱんは言いながら、白いノートの切れ端をポケットからひらひら取り出す。
そこには、そらんの丸文字でこう書かれていた。
『りおんちゃん、もう守らなくていい? そしたら私は――』
「この先は、りおんちゃんが自分で読むべきだよね」
ぱんはそっと切れ端をりおんの手に渡し、くるりと踵を返した。
—
夜。
旧放送室では、ぽんぽこ先生がモニターの前で頭を抱えていた。
「……間に合うかしら。“本物の記録”を出すのは、今しかない」
そこに現れたのは――Aちゃん。
「……先生。私に、できることはありますか?」
ぽんぽこ先生はゆっくりと彼女を見た。
「――あります。あなたの“想い”は、誰かの盾になるかもしれません」
—
黒板に、また新しい文字が書かれていた。
『おべんきょう、おつかれさま♡ でも、ほんとのテストはまだだよ?』
ぱんのいたずらのようなメッセージ。
でもその裏にあるのは――確かに悪意と計算だった。