第11章「囁かれる真実、ゆらぐ心」
「……キャット、あなたも“黙って見てるだけ”ってわけじゃないのね」
その声は、あの天然癒し系の“ぱん”だった。
キャットは一瞬動きを止めたが、振り返らずに言った。
「……どうしてここがわかった」
「うーん、なんとなく?あたしってビビりじゃん?、気配に敏感だから~」
ぱんはくるりと首を傾け、何もなかったかのようにキャットの隣に腰を下ろす。
机の上のUSBに視線を落とし、ふわりと笑った。
「それ、見せるつもりだったの?」
「今すぐじゃない。タイミングを待ってただけだ」
「……そっか。じゃあ、見せないで。ね?」
ぱんの声色は変わらない。
けれど、その言葉には妙な重さがあった。
「君が何を隠してるのか、俺はだいたい察してる」
「へぇ~、なら教えて?あたし、記憶がちょっとね……ふふ、ぽんぽこ先生と一緒かも♪」
その名前を聞いた瞬間、キャットの表情がわずかに強張った。
「……君は、“あのお茶会”の中で、ずっと意識が明瞭だった。全員があの紅茶で曖昧になっていく中で、君だけはカメラを見てた」
「……そうだっけ?」
ぱんはくすくすと笑い、足を組み替える。
「でもさ、もし“あたしが仕組んだ”んだったら……それ、みんな信じるかな?
Aちゃんも、りおんちゃんも、ぶるべるも、ふー太郎くんも……あたしのこと、“ぱんちゃんはいい子だよね”って思ってるよ?」
キャットは言葉を詰まらせる。
「それが……お前のやり方か」
「ううん。“みんなの中に溶け込むこと”が、得意なだけ」
ぱんはUSBをそっと引き寄せ、指先で転がす。
「……あたしね、“ぱん”って呼ばれてるけど、本当はさ。
誰かの本音や嘘を、パンみたいにふわふわ包む役目なんだよ」
キャットが立ち上がった。
「もういい。君は“自分の罪”と向き合うべきだ」
「罪?なにそれ?」
ぱんは無邪気に瞬きをする。
「誰かが幸せな記憶だけ残せるなら、それでよくない?真実なんて、ただの痛みでしかないよ」
その瞬間、キャットの背後に気配が走った。
意識が遠のく。
「……君……まさか……」
「ごめんね。せんぱい、少しだけ……ねむってて」
—
⸻
翌朝。
掲示板に投稿された新しい映像。
《【暴露ファイルNo.002】“紅茶事件”とは?》
映像の最後、カメラが一瞬だけ“ぱん”の足元を映していた。
黒い影が、紅茶カップに何かを入れる動作……だが、その部分だけがノイズでかき消されていた。
コメント欄は炎上した。
《誰が消した?》《これはわざとだ》《編集された?》《そらんって誰?》
⸻
一方、りおんは鏡の前にいた。
「……あたし……本当に、“あたし”なのかな」
鏡の向こうの自分が、ゆっくりと笑う。
『うん、大丈夫。いまから“ワタシ”が守ってあげるね♡』
りおんの唇が、無意識に動いた。
「……ありがとう、そらん」
⸻
そして教室。
「なあ……おい、見ろよ。あれ、せきたてじゃね?」
廊下の向こうから、ほぼ全裸とも言えるボロボロの制服姿で歩いてくるのは――
「おいおい、やっぱ俺がいないと締まんねぇなぁ?」
そう言って笑った、**帰還した“せきたて”**だった。