第九話 ヤニク
時は金なり。
アウリオを町の医師のもとに預けたミュンリーはすぐさま別の冒険者パーティーを雇い入れ、隊商に合流して港町ヤニクを目指した。
当然ながら、セラもミュンリーの馬車に乗ってヤニクを目指す。
医師の話ではアウリオの容体は安定しており、後遺症すらないだろうとのことだった。左遷されるならぜひ当院で働かないかと懇願されたが、左遷は表向きの理由であって本質ではないのでセラは断った。
あくまでも、冒険者ギルドが反乱を企てていないかを調べる内偵がセラに与えられた業務内容である。
臨時でパーティーを組んだバトゥとベックもアウリオの付き添いで町に残っており、護衛の顔ぶれが完全に変わっていた。
アウリオの命を救ったことで冒険者ギルドが配慮してくれたため、クランの所属を紹介してくれたらしい。
「アウリオさんってそんなに凄い人なんですか?」
判断力と行動力は確かにすごかったが、結果的には護衛依頼中に怪我をして護衛対象に治療されている。セラの見る限りすごい冒険者とは思えない。
ミュンリーが護衛の冒険者を気にしつつ答えた。
「腕の方は知らないけど、冒険者としては知名度があるよ。冒険者ギルド経由でお世話になっていた孤児院に寄付をしたり、義理堅いってことで有名なんだ。結構、ファンも多いよ」
「へぇ……」
義理堅いのなら命の恩人が国家錬金術師と知ってもいざという時に助けてくれるかもしれない。そんな打算的なことも考えるセラだった。
そんな打算を読み取ったのか、それとも商人として気になったのか、ミュンリーがセラに質問する。
「ポーション代金、取らなくてよかったのかい?」
「あの怪我ではしばらく仕事ができないでしょうから、見舞金でいいですよ。それに、目が覚めるまで待つのも時間がもったいないですから。なにより、材料のほとんどは私のおやつですし」
「おやつ?」
「あ、見えてきました。あれがヤニクですか?」
「えっ、うん。そうだよ」
おやつ? と首をかしげながらもミュンリーは話題を打ち切った。
丘上にある街道から眺める港町ヤニクはセラが想像していたよりもはるかに規模の大きな町だった。
外洋を進む貿易用の大型船までもが停泊する巨大港を囲むように発展してきたらしいヤニクは海の深い青に映えるパステルカラーの建物が立ち並んでいる。一軒一軒は王都を見慣れたセラには小さく見える建物だが、密に建ち並ぶことによって色数が増え、鮮やかで華やかな町並みになっている。
上司のカマナックが左遷先に口をはさんだ結果ヤニクになったと聞いているが、確かにこの町ならばセラも気落ちしないで済みそうだ。
「どうだい、ヤニクは! 王都と比べても見劣りしない陽気な町並みだろ!」
ミュンリーが胸を張るのもうなづける。
町に入っても海産物を持った住人や商人が行きかう活気溢れる町だ。
だがしかし、セラはこの町の冒険者ギルドに反乱の兆候がないかの調査に来ている。町の空気に充てられてはしゃぐわけにもいかない。
むしろ、ここからが大変なのだから。
セラが国家錬金術師として冒険者ギルドに左遷されたことを道中で聞いていたミュンリーが気まずそうに顔を背け、港を指さす。
「まぁ、あれだ。気分転換に釣りを覚えるといいよ。魚は素直だし、暇を潰すのにはいい趣味だよ」
気分転換が必要になる前提で話している時点で、フォローになっていない。
ヤニクの市場に幌馬車が到着し、セラは御者台から降りる。
ミュンリーや隊商のみんなとはここでお別れだ。彼らはここで仕入れをしたのち、再び王都へ出発するのだから。
「お世話になりました」
「こちらこそ、護衛の治療をしてくれたこともあるけど、薬草茶も美味しかったよ。王都に里帰りする時には声をかけて。タダで乗せてあげるからさ」
「えぇ、その時にはお世話になります」
手を振りあってミュンリーと別れ、セラはヤニクの冒険者ギルドを探して歩きだした。
初めての町で迷わないか不安だったが、案内板を見つけてからはすんなりとギルドに到着した。
町の景観にあった明るい色調の建物だ。騎士団の兵舎のような無骨な建物を想像していたセラは少し意外に思った。
案外、気持ちよく働けそうだと思いながらセラはギルドの扉を開ける。
冒険者はちょうど依頼で出払っているのか、ロビーは閑散としていた。
カウンターでお茶とクッキーを並べた受付嬢が三人、のんびりと話している。この時間は来客もまばらな証拠だろう。
完全に気を抜いていたのか、受付嬢はクッキーを口にくわえたまま慌てて立ち上がり、クッキーを一口で食べて受付の仕事を始めた。
「いらっしゃいませ。ご依頼でしょうか?」
「いえ、国立錬金術師ギルド本部より出向してまいりましたセラ・ラスコットと申します」
「うわっほんとに来た……」
セラを明らかに歓迎していない受付嬢にお願いする。
「ギルド長に通してもらえますか?」