第二十三話 親
幼龍は残り二体。
脆化ポーションを飲まされた幼龍は隊長クラスの攻撃でなくても簡単に攻撃が通るようになっていた。
まるで効果がなかった投げ槍でも容易く鱗が砕けて刺さるほどに。
脆化ポーションの効果は服用者の皮膚や外皮、鱗、体毛を脆弱にする。鱗に覆われた爬虫類系や堅い甲殻を持つ甲殻類系の魔物に対抗するためのポーションである。
鱗が硬い白化雨龍の幼体といえど、ポーションの効果には抗えない。
騎士の射程外をキープしていたはずの白化雨龍は突然変わった間合いに対処できなかった。
なにより、騎士たちがこの千載一遇の機会を逃すはずがない。
天井を、湖面を、空中を、騎士たちが走り抜ける。ポーションや魔道具を用いた立体的な機動に幼龍たちの対処が遅れる。
幼龍たちの退路を塞ぐために地底湖の中にも騎士たちが潜水魔道具で潜む。
三次元的な完全包囲が形成されていた。
戦線に第三部隊長も復帰し、形勢は完全に人間側に傾いた。
だが、戦況を一変させる存在がいること人間側は知っていた。
「急げ!」
捨て身でもいい。早く幼龍を始末しなくてはいけない。
幼龍にさえこれほど手こずるのだから、成龍は?
万全の騎士たちでさえ手に負えるか分からない。
幼龍たちの体がわずかに弛緩した。
それが安堵からくるものだといち早く気付いたオースタとアウリオが叫ぶ。
「――衝撃に備えろ!」
全体に声が届いたかは分からない。
地底湖が底から爆発した。
吹き上がる水しぶきは鍾乳洞の天井に達し、波となって岸へと押し寄せる。
さらには地底湖のある一点へと渦を巻き、湖面に浮いていた幼龍の亡骸を吸い込んでいく。
渦を巻く湖面の上に巨大な白い龍が浮かぶ。
幼龍たちと同じ姿形ながら、二回り以上大きい。明らかに成龍だ。
「本命が遅れてご到着か。もう少しゆっくりしていてくれても良かったんだがな」
セラに渡された骨格補強ポーションを飲んだ第三部隊長が立ち上がりながら成龍を睨む。
セラの横を抜けて第三部隊長が大剣を拾い上げ、前線へ駆け出す。
オースタや副隊長も成龍を相手するべく駆け出す直前に、セラは違和感に気付いた。
「……雨?」
鍾乳洞の中にいるのだから雨が降るはずがない。だが、ぽつぽつと天井から降り注ぐ水滴が途切れないことにセラは気付いた。
成龍が地底湖の水を派手に吹き上げたのは人目を引き付けるためではなく、鍾乳洞で雨を再現するためだとしたら?
「皆さん! 天井から降り注ぐ白化雨にご注意を!」
セラの指摘で騎士たちも気付いたらしい。
天井に駆け上がっていた騎士の一人がセラの近くへ降り立ち、自らの足を見る。
「……やられた。白化雨だ」
鍾乳洞内では白化しても太陽光による日焼けなどは起きない。そのせいで気付くのに遅れてしまった。
オースタがセラの近くに戻ってくる。
「追撃部隊は雨を避けろ! 連中が外に逃げ出したら追えなくなる!」
幼龍二匹は満身創痍とはいえ、成龍の登場で騎士の人手は足りなくなっている。そこからさらに追撃要員を下げるとどうしても手が足りない。
セラは冒険者たちを見る。できればこちらに手を貸してもらえないかと思ったのだが、難しそうだ。
騒ぎを聞きつけた魔物たちが地底湖に殺到してきている。白化したトレント、パラジア、スライム。だが、どれも経験豊富なベテラン冒険者たちの敵ではない。
問題なのは暗闇に光る瞳の持主、ウインキングオウルだ。
アウリオもかつて不覚を取ったウインキングオウルの群れが登場したことで冒険者たちの余裕はなくなっていた。
天井も高いこの鍾乳洞でウインキングオウルの群れは隙を見せた冒険者を優先的に狙ってくる。暗視のポーションのおかげで闇の中でもウインキングオウルの姿を捉えられる冒険者たちだが、他の魔物の相手で忙しくどうしても隙が生じていた。
オースタがセラを見る。
「対白化雨龍の魔法ポーションの調合を急いでください。どんな味でも飲みますから」
「失礼な。美味しくできていますよ」
そう言って、セラは出来立ての魔法ポーションをオースタに押し付けた。
「……もう調合し終わったんですか」
成龍の登場からまだそれほど時間は経っていない。
セラは実体魔力で鍋を操作し、魔法ポーションを次々に薬瓶に入れながら答えた。
「あらかじめ調合しておいた二種の薬液に白化雨とデラベア酒を混ぜた薬液の三種をゆっくりと注ぎ入れるだけですからね」
ストライの蕾の表面を焦がしてから煎じた薬液、風笛草の根を煎じた薬液の二種を準備さえしておけば、それほど時間がかからない。
もっとも、層をなすようにゆっくりと注ぎ入れる工程はかなり神経を使う上、戦闘の揺れで手元が乱れればうまく調合もできない。そんな難しい調合も、揺れの影響がない実体魔力でやればいいだけだ。
「層が混ざらないようにストローを使って底の方から飲んでください」
オースタが渡された魔法ポーションの瓶にはすでにストローが刺さっている。不器用な騎士がストローを刺すと層が混ざるからだろう。
「アウリオさんたちも飲んでください」
渡されたアウリオが一瞬怯んだが、恐る恐る口をつける。
先に覚悟を決めて飲み始めていたオースタが目を見開いた。
「……甘くて苦くて爽やかな香り、なんとか飲めますね」
アウリオも魔法ポーションを飲み干して納得したように頷いた。
「本当だ。かろうじて飲める」
この危険な戦場で悶絶するほど不味いポーションが出てきたら死を覚悟するところだったが、意外にも普通に飲めた。
他の騎士やバトゥたち冒険者も同じ意見なのか、若干の感動すら覚えている始末。
しかし、誰も美味しいとは口にしなかった。
戦場で突然ポーションを飲み始めるオースタたちの行動は成龍から見ても奇異に映ったのだろう。
何か仕掛けてくる前に、と考えたのか口に魔力を貯めてセラたち目掛け白い息を吹き付ける。
アウリオ、オースタがセラを守るように立ち塞がり、真正面から龍のブレスを受け止めた。
「――これは凄いな」
アウリオとオースタに触れた瞬間、龍のブレスがほとんど掻き消えた。突風程度に龍の吐息が吹き抜けるだけで、身体が白くなるなどの異常もない。
完全無効とまで過信できないが七割以上は無効化に成功している。
加えて、セラが展開している実体魔力によりブレスを防いでいるため、セラの後ろには微風一つ吹いていない。
効果を目の前で見て、飲むのを躊躇っていた騎士や冒険者たちもストローに口をつける。
オースタが大斧を構え、成龍と闘う第三部隊に呼びかける。
「幼龍を仕留めてください! 成龍はこちらで対処します!」
魔法ポーションの効果は第三部隊も見ていたのだろう。すぐにオースタたちへ道を開け、幼龍たちへ標的を移す。
オースタたち第五部隊が成龍へと駆けだした。地底湖の上に浮いている成龍だが、もともと追撃用に魔道具やポーションをそろえているオースタたちの攻撃ならば届く。
魔法を完封できる以上、あとは成龍に攻撃が通じるかどうかが問題だ。
アウリオがセラを振り返る。
「脆化ポーションだっけ? あれってまだ残ってる?」
「残っていますが、成龍のあの体格では効果がないですね。分量が足りません」
セラは軽症治癒のポーションを調合しつつ戦いを見守る。
オースタたち第五部隊は成龍へ攻撃を届かせている。しかし、オースタですら鱗を砕くのが精いっぱいらしく、成龍は怒り狂いながら騎士たちを鍾乳洞の壁へ叩き付けたり地底湖に叩き落している。魔法が通じないことを早くも学習して自らの体を武器にした物理攻撃に切り替えたのだろう。
やはり学習能力が非常に高い。
それでも、成龍がオースタたちの相手で躍起になっている間に幼龍の最後の一匹が地底湖に沈んだ。
「残りは成龍のみ! 第五を援護しつつ、魔法攻撃を準備しろ!」
第三部隊長が部下たちに細かい配置を指示しながら魔法攻撃の準備を始める。
幼龍を始末し、仮に成龍が逃走しても追撃はオースタたちの役割。ならば、残りの魔力を使い切ってでも成龍に致命傷を与えるのが自分たちの仕事だと割り切って、全力での攻撃に移る。
流石に決まったかなとセラが最期を見届けようと成龍を見た瞬間、目があった。
「――アウリオさん!」
「わかってる!」
成龍がオースタたちをはねのけ、全速力でセラたちへ突っ込んでくる。
セラが魔法ポーションを配る場面を見ていたのだろう。戦況を変えたのがセラだと気付き、魔法攻撃に巻き込まれないようにオースタたちが攻撃の手を緩めたわずかな隙を突いてきた。
十メートルを超える巨体が口を開いてセラへ迫る。
セラは肩越しに背後を振り返った。
殺到する白化した魔物を相手にしている冒険者たちがいる。彼らには避ける暇がないだろう。確実に巻き込んでしまう。
第三部隊の魔法攻撃は間に合わない。そもそも高威力の魔法はセラたちを巻き込みかねない。
アウリオが剣を構える。一か八か、カウンターを狙うつもりだろう。
セラは調合の手を止め、立ち上がる。
「アウリオさん、私が押さえるので止めをお願いします」
「押さえるって……セラさんなら押さえ込めちゃいそうなのがなんとも」
間近に迫る成龍に引く様子のないセラを見て、アウリオも覚悟を決めたらしい。
セラは実体魔力を正面に展開し、成龍の突進を足元へ受け流す。
実体魔力という見えない圧力は予想外だっただろう。成龍は勢いそのまま地面に下顎をこすりつけるように滑る。地面の鍾乳石が成龍の鱗にがりがりと削られて耳障りな音を立てる。
速度は落ちたが、成龍は止まらない。
セラは後ろに何度も飛び退いて成龍との距離を稼ぎつつ、実体魔力を操作する。
「なるほど、尾ですね」
成龍の突進は発達した尾の推進力が鍵になっている。
もうセラと成龍との間に距離はほとんどない。セラを丸呑みできるほど巨大な大顎が迫り、喉の奥まで見えている。
セラは実体魔力で成龍の尾を掴み、地面に押さえつけて固定する。これでもう進めないはず。そう思ったのも束の間、成龍は蛇のように体を正面へと伸ばした。
細長い身体のせいで成龍の間合いを掴み損ねたことにセラは気付く。元々、セラは錬金術師であって戦場に身を置くような人間ではない。経験の浅さが裏目に出た。
だが、セラは動じない。実体魔力で周辺の状況を把握しているセラは成龍の頭上にいるオースタに気付いていた。
「往生際が悪いですね!」
オースタが大斧を叩き付け、成龍の顎を強制的に閉じさせると同時に頭を地面に押し付けて動きを封じる。
成龍は体をピンと一直線に伸ばした体勢で、尾を実体魔力に、頭を大斧で固定された。
控えていたアウリオが魔力を込めた剣で成龍の首を一閃する。
「――子供のピンチに駆けつける立派な親だったよ、お前は」
呟くように称賛して、アウリオは成龍の首へ再度剣を振るう。
一閃で鱗が砕けた部位をなぞるように綺麗な一太刀が成龍の首を斬り落とした。




