第十九話 飢餓地獄
血の臭いが濃くなる。
鍾乳石の柱の裏に隠れて、セラたちは音の方を盗み見る。
「……酷い有様ですね」
白化した複数の魔物が互いを食らい合っている。群れ同士が衝突したのか、周囲には七体ほどの死骸もあり、飢餓感から戦いを無視して死骸をむさぼる魔物もいる。
この洞窟内でまともな餌になるのは白化した魔物のみ。お互いを食らい合う熾烈な生存闘争が行われ、洞窟に死臭が蔓延する。
セラたちはそっとその場を離れた。討伐するのも手だったが、飢えている魔物が目の前で争っている群れだけとは限らない。臭いを嗅ぎつけた別の魔物が乱入する可能性がある。
早めに離れないと戦いに巻き込まれてしまう。
十分に距離を取って、セラたちはわずかに気を抜く。アウリオとオースタがセラとイルルを間に挟み、絶えず周囲を警戒していた。
「洞窟内にどれほどの魔物がいるのか分かりませんが、危険地帯になっているのは間違いないですね」
洞窟内にもかかわらず虫も多い。魔物が争う環境となったこの洞窟は皮肉なことに体が小さな虫にとっては餌が豊富な楽園になっている。
アウリオが耳を澄ませながらセラを見る。
「セラさん、早めにこの鍾乳洞を出た方がいい。まとまった戦力がないと万が一もありうる状況だ」
アウリオの言葉にセラも素直に頷く。
セラたち自身も危険だが、それ以上に鍾乳洞に何が潜んでいるかも知らず少数で調査を行っているだろう冒険者たちが危ない。
オースタが早足で冒険者がいるだろう方向へ向かう。地底湖経由で幻惑の池に出るルートの方が近いはずだが、オースタの足に迷いはない。
「遠回りになりますが、こちらの方が安全です。水中での戦闘や逃走はできるだけ避けたい。もしもここに白化パラジアなどがいた場合、水中戦は不利です」
もっとも、冒険者たちは匍匐前進でないと通れない道を使って鍾乳洞に入っているはずだ。当然、匍匐前進で戦闘はできない。魔物も入れないとは思うが、魔法を撃ち込まれる危険がある。
最低でも、冒険者たちと合流して戦力を確保したうえで水中洞窟を通る方が安全だという。
アウリオも同意見なのか、オースタに先頭を任せてセラたちの背後の護衛に回った。
セラは実体魔力を展開して周囲の気配を探り、突発的な戦闘や擬態した魔物の奇襲に備える。
「私も猫になって索敵に貢献するね」
イルルはそう言ってさび猫姿となり、セラの肩に乗った。耳をしきりに動かして聴覚を頼りに索敵してくれるらしい。
即席にしては意外といい役割分担ができている。これなら鍾乳洞を脱出することも可能だろう。
鍾乳石の陰などに注意を払いつつ進んでいると、セラは実体魔力で捉えた大まかな地形に不自然な物体を感じ取った。
鍾乳石が棚状に段差を作る五メートルほどの石柱の上だ。
「セラさん?」
アウリオたちが足を止めたセラに声をかける。五メートル上の死角になっている場所だけに違和感を持ったのはセラだけだ。
実体魔力で物体を持ち上げ、宙を移動させて手元に引き寄せる。
セラの手元に来たのは白い球体。それを見て、オースタが眉を顰める。
「この大きさ、ケイブパールではないですよね……」
「卵です」
直径一メートルにぎりぎり届かないほどの巨大な卵だ。この鍾乳洞にこんな卵を産む生き物がいるとは考えにくかったが、こうして間近で見ると信じるしかない。
卵は孵化してからかなりの時間が経っているらしく、中は乾いている。
「アウリオさん、卵を持っていてください。もう少し、あの場所を調べた方がいいと思うので」
できるだけ早く冒険者と合流した方がいいのは承知の上で、それでもセラは確証が欲しかった。
この卵が、白化雨龍の卵である確証が――
「――皆さん、石の陰に隠れてください!」
実体魔力を展開していたセラはいち早く気付き、イルルを押し込むようにして石柱の陰に隠れる。
アウリオとオースタも手近な石柱の陰や石棚の陰に隠れた。
次の瞬間、白い龍が鍾乳洞の奥から猛烈な勢いで飛んできた。巨体に押しのけられた空気で大気圧が急速に増加し、セラは耳に痛みを感じた。
白い龍の目的はセラたちではなく、先ほどの争っていた魔物たちだろう。ただすれ違っただけの一瞬の邂逅だったが、間近で見る白い龍の巨大さにセラも身が竦んだ。
すでにヤニクで白化雨龍を見たオースタとアウリオまでもがぞっとしたような青い顔をしている。
「……ヤニクでみたヤツより、二回り小さい」
アウリオの呟きにセラとイルルは反射的に卵の抜け殻を見る。
「繫殖してる?」




