第十六話 白化雨龍
白化雨の主は閃光を嫌って雨雲から海へ急降下し、海底に消えたらしい。
一部始終を目撃したのはオースタ達騎士団や港にいた漁師、冒険者の面々だ。
「――白く細長い巨大な龍だった」
目撃者の証言は共通しており、その後の捜索で巨大な鱗を数枚発見したこともあって、白化雨の主は白い龍とほぼ断定された。
だが、急遽行われた海底洞窟の捜索は失敗に終わり、白化雨の主、白化雨龍の行方は分からなかった。
それらの報告を聞きながら、セラは調合の手を止めない。
セラが調合中の対魔法ポーションを見ないようにしながらオースタが報告を終える。
すると、アウリオが口を開いた。
「白化雨龍の撃退に成功したってことで、ひとまずは喜ぶべきか?」
「そうですね。敵の正体が見えたのも大きい。すでに王都に伝令を走らせています」
撃退した白化雨龍はおそらくこの付近から遠ざかっている。元々王国各地を転々としていたくらいだから、ヤニクにこだわるとも思えない。
ただ、白化雨が観測された中で最南端であるヤニクで取り逃がしたため、次にどこに現れるのかが分からない。元々、白化雨龍は北から南下していたが、来た道を戻るのかも不明だ。海を越えてどこか別の大陸や島に向かった可能性もある。
敵対者の存在を白化雨龍も認識したため、動きが慎重になる恐れもある。
意見を交わしたオースタとアウリオの結論は、白化雨龍の巣であろう洞窟や地下水脈を辿るしかないというものだった。
「最有力候補はキノルの北、ボグス族の龍伐の湖にある洞窟だな」
実際に目撃したアウリオが挙げた通り、最有力候補と目される。王国中央部に自生するベルジアカの毒を模した白化トレントが確認されているため、あの洞窟は王国の半分を縦断できると推測される。
「中央部、ベルジアカの生息地周辺の洞窟も候補ですね。こちらは洞窟そのものの目星がついていますし、現地を調査している騎士団もいる」
オースタが次点の候補を挙げる。
遠いが討伐例らしき伝承がある最有力候補か、近いがすでに調査が進んでいる次点の候補。
次点の候補で現地の騎士団と合流しつつ最新の情報を得るのがよいと話し合うアウリオとオースタに、イルルが我慢できなくなったように叫ぶ。
「いい加減にセラを止めようよ!? おかしいでしょ、あのストライの蕾の量!」
対白化雨龍の魔法ポーションを調合しようと実験を繰り返すセラを指さし、イルルは指摘する。
ストライの蕾は以前、セラがこのヤニクでまとめ買いした山菜だ。セラがまとめ買いしたことで需要があると誤った判断を下したストマー商会のヤニク支店長が在庫を抱えて泣いていたのを適正価格で買い取ったものである。
通常は肉料理のソース材料として使われるストライの蕾だが、おおよそ五十人前に相当する量が箱に詰められてセラの足元にある。
食用の山菜とはいえ生で食べると非常に苦い。そんなストライの蕾をおやつ代わりにつまみながら、セラは蕾を火であぶる。
「……このくらいの火加減ですか。なんとか、必要量を割る前に見極められましたね」
「ほらあんなこと言ってる! 私たちが飲むんだよ、あのポーション! 絶対苦いよ!?」
苦いという言葉では表現できない味が、実体魔力のポーションを飲んだイルルには想像できてしまう。
集中しているセラは慎重に分量を量りながら美白美容液を取り分け、そこにデラベア酒を加えた。これで、疑似生物を構成する魔力が増強される。
次にストライの蕾の表面を火であぶり、慎重に炭化させていく。日焼け予防や火傷に対する治癒効果を持つストライの蕾だが、表面を炭化させてから煎じることで甘味を出しつつ薬効を強化する。
最後にボグス族からもらった風笛草の根を煎じる。風笛草の根は余分な魔力を除去する薬効を持つ。
セラは深呼吸して、繊細な動きで薬液を瓶に注ぎ入れる。最初にストライの蕾の煎じ薬。注ぎ終わると液面が落ち着くのを待ってからゆっくりと風笛草の根の煎じ薬を注ぎ入れる。また液面が落ち着くまで待ってから、瓶の壁面を伝わせるようにゆっくりと美白美容液とデラベア酒の混合液を加えていく。
出来上がったのは比重ごとに三層に分かれた特異な外観のポーションだった。見た目だけは綺麗なそのポーションはまるで虹のようで、文句を言っていたイルルも思わず黙り込む。
問題は味だ、とイルル、アウリオ、オースタが固唾を飲んで見守る中、セラは――
「失敗ですね」
無造作に廃液入れに出来損ないのポーションを流し込んだ。
安堵と困惑と恐怖が入り混じる何とも言えない顔をそむけた三人の反応にかまわず、セラは紙に気付いたことを書き込みながら独り言をつぶやいて考えをまとめる。
「材料の選定はおおむね正しいはず。ただ、綺麗に三層に分かれないと効果を打ち消し合う……いっそ瓶そのものを分ける? いえ、相互に反応して作る層の分かれ目の被膜こそが核になるポーションだから口内や胃では無理。成分に影響を与えずに比重を変えるしかない。なにを加える? ……そっか、足すんじゃなく引くべきか。ハチミツが邪魔ね」
書きつけながら結論を導き出したセラは先ほど降った白化雨を採取した容器を見る。
比重を考えれば、ハチミツが入っていない白化雨で対白化雨龍の魔法ポーションを調合可能だ。
問題は疑似生物である以上は液中を動き回ることだが、幸いそれほど激しくは動かないため被膜の厚みをとれたならば混ざらない。
対白化雨龍の魔法ポーションの調合の道筋は見えた。同時に、セラはため息をつく。
セラは国家錬金術師だ。本来、戦闘に関わるような人間ではない。今回の白化雨龍の討伐戦でも調合したポーションを渡せば討伐戦の現場に出る必要はない。
だが、事情が変わった。
白化雨の効果時間は短い。ハチミツを加えて疑似生物を延命させると比重の問題で対白化雨龍の魔法ポーションを調合できない。
対白化雨龍の魔法ポーションを調合するのなら、討伐戦の現場で降らされるだろう白化雨を素材にしてその場で作るしかない。
「まぁ、現場に出るのは今回が初めてというわけでもありませんし」
パラジア討伐戦、トレント討伐戦とセラは現場に出ている。白化雨龍討伐戦に出るのも、いまさらだ。
命がけで解決策――解決薬を調合するのが最適解なら、現場に左遷されてやろうじゃないか。
錬金術に命を懸けているのだから。
セラはアウリオたちを振り返る。
「討伐戦の現場で調合します。味に文句は言わせません。飲みたくないなら飲ませます」