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左遷の錬金術師の解決薬  作者: 氷純
第一章 港町ヤニク
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第八話  一夜明けて

 町の門に立つ守衛は朝早くに高速で駆けてくるミュンリーの幌馬車に顔色を変えて武器を構えたが、怪我人が乗っていることを示す赤い旗が掲げられているのを見つけてすぐに受け入れ準備を始めてくれた。

 とはいえ、門を素通りとはいかない。賊が怪我人の振りをしている危険もある以上、荷は確認される。


 身分証や通行許可証を提示するように言われて、セラは幌馬車を降りた。

 隊商の一員として何度もこの町に来ているミュンリーやこの周辺で活動しているバトゥとベックを守衛は覚えていたからだ。セラの身分証明に手間取って全員が足止めされるより、セラが降りて他のメンバーで医者を目指した方がいい。


「先に行ってください」

「ありがとう! 恩に着る!」


 バトゥの感謝を受けつつ幌馬車を見送るセラに、ミュンリーはわずかに苦笑していた。

 幌馬車が町の中へ消えるのを見届けて、セラは守衛に身分証を見せる。


「……国家錬金術師!?」


 冒険者と仲が悪い国家資格持ちが冒険者から感謝される現場を見た直後だけあって、守衛が驚いた顔で身分証とセラを見比べる。


「もしかして、先ほどの冒険者に素性を隠していたりします?」

「言いそびれてしまっただけですけど、怪我人の治療にもあたったので混乱を避けるため、先に行ってもらいました」

「なるほど。ですが、国家錬金術師となると、身分証の真偽が自分にはわかりません。少し待っていただいても?」


 錬金術師自体はこの町を含めて各地にいるのだが、国家資格として持つ者は多くない。そもそも、王都のギルド本部で活動しているものだ。

 必然的に、国家錬金術師の身分証を見た経験がある守衛も少数だろう。


「構いません。あ、それと隊商の他の馬車が遅れて来るはずです」

「わかりました。お茶でも出しますので、守衛室にどうぞ」


 案内された守衛室は門の脇に無理やりくっつけたようなこじんまりした建物だった。

 待機中の兵士が数名、カードゲームをしていた。のんびりした町なのだろう。


「怪我人が出た経緯も教えていただければ」


 守衛に尋ねられ、セラは淡々と事実のみを応えていった。


「ふむふむ、ウインキングオウルですか。このあたりの村でもヤギが襲われたとの被害報告が来ています。そんなに大規模な群れだったんですね。……現場でポーションの調合? 患者の状態にあった物を? 国家錬金術師ってすごいんですね。不幸中の幸いってやつですか」


 守衛に事情を説明し終えた時、隊商が町に到着した。守衛室の小窓から見える先頭の馬車の御者台に座っていた隊商長ターレンと目が合う。

 ターレンが信じられないものを見たようにセラをじっと見つめて指をさす。


「凄腕さん、なんで捕まってるんだ?」

「怪我人が出た事情などを話していました」

「あっ、そういうこと」


 納得した様子のターレンはセラから聞いた話を紙に書いてまとめている守衛に窓越しに声をかける。


「おい、モッチャさん。その方はうちで雇った護衛の命の恩人だ。聞くこと聞いたんなら解放してくんねぇかな」

「別に捕まえているわけではありませんよ。手続きも済みましたし、小うるさい迎えも来たようなので、あの馬車に乗ってやってください」

「モッチャさんまで俺の事うるさいっていうのかよ!」

「お邪魔しました」


 何やら窓越しに抗議しているターレンの馬車にセラは同乗させてもらう。目が合った護衛の冒険者が敬意を込めて目礼してくれた。仕事仲間を助けてくれた感謝の気持ちらしい。

 乗せてもらったターレンの荷馬車は王都で以前流行した服や生地が積まれている。服や生地を緩衝材にして大小さまざまな空き瓶も積まれていた。王都で使用されたガラス瓶を洗浄し、地方へ持っていって保存食などを詰めてもらい、再び王都へもっていく。そんな商売をしているのだろう。港町のヤニクに向かうからにはアンチョビなど商うのか。


 ターレンが笑いながらモッチャという守衛に手を振って馬車を進ませる。

 後方からくる仲間の馬車がきちんと門を通れたかを確認するため、ターレンが御者台から後ろを振り返った。


「ん? 凄腕さん、ちょっと機嫌よさそうじゃないの」


 ターレンに指摘されて初めて、セラは自分の口元が少し緩んでいるのに気が付いた。

 気恥ずかしくなってセラは顔を背ける。

 先ほどの冒険者の目礼でセラは左遷された時にカマナックから言われた言葉を思い出していた。


『ポーションの服用者と直接触れ合ってきなさい。きっとあなたの糧になるでしょう』


 研究室に籠って新薬の研究開発に明け暮れていたセラは服用者やその関係者から礼を言われたことなどない。

 とても新鮮な感覚だった。

 左遷された時はどうしたものかと思ったけれど、あのまま研究室に籠っていたら絶対に味わうことのない充実感を確かに感じた。

 なんとなくカマナックの手のひらで転がされている気がして、セラは町を眺めるのに専念する。

 どうせなら、観光としても楽しもうと。


 なお、後にこの話を聞いたカマナックは首を傾げてこう答えた。


「――患者の意識がなくてよかったね」

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 モッチャさん(笑)
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