第十四話 落とし物
町はずれにあるコットグの自宅を訪ねる。
相変わらずの強い海風に晒されるコットグ邸の門にコットグ本人が壁に背中を預けて佇んでいた。
「ふっ、うら若き乙女の気配を感じたが、君だったか……」
「時間がないのでついてきてください。ヤニク中の錬金術師を動員したいので顔を貸していただければ十分です」
「顔だけじゃなく、力を貸すさ――待って、ねぇ、待って!? 決め台詞も用意してたんだよ! ねぇ!?」
コットグの姿を認識すると同時に回れ右をするセラを、コットグが慌てて追いかける。
「もうちょっと説明が欲しい所なんだけどね? 白化雨の件だろう?」
「はい。一昨日、私が王都で発見した白化雨の正体についての共有とこれから行う海中の調査に必要なポーション類の作成をお願いすることになります」
白化雨を降らせている何者かは洞窟や地下水脈を移動している。ヤニク周辺にある洞窟は浅くどこにも通じていないため、未発見の海底洞窟があるのではないかとセラは疑っていた。
かいつまんで説明するとコットグも真剣な顔つきになる。
「その何者かも白化雨の影響を受けている?」
「可能性はあります。雨雲の中に潜めるくらいには太陽光への耐性があるとは思いますが」
「それなら、気流に乗る雨雲と一緒に移動すると思うけどね。その可能性は潰さないのかい?」
コットグの指摘はもっともだが、セラはある程度無視してもいい可能性だと考えていた。
「生物を白化させることだけが目的とは思えないんです。白化させるのはあくまでも手段で何か別の目的があるのではないかと思います」
疑似生物を作り出すという高度な魔法を王国中で使いながら、得られた結果が動植物を白化させるだけというのは利益がなさすぎる。
規模を考えればかなりの魔力を使っているはずだ。それに見合う利益は何か。
「パラジアやトレントは海底や水底といった光が届かない場所に群れていました」
白化した魔物は光を避けるようになる。人間でも重度の火傷を負ったり月明かりで目がくらみ、屋外を避けるしかなくなる。
住居を持たない動物にとって白化は致命的で、光を避け続けた先が水底だったのだろう。
「人間が見つけられた白化魔物の逃げ先が水底だっただけで、別のところに逃げ込んだ魔物もいたはずです」
「それが洞窟ってわけだね」
コットグもセラの見立てに同意した。
「つまり白化雨の主は魔物を白化させて洞窟におびき寄せるのを目的に動いているというのが、セラさんの見立てなわけだ。でも、膨大な量の魔物が洞窟に流れ込まないかい?」
「白化した魔物は脆くなる傾向があります。共食いもしますから洞窟内で生存競争を始めるでしょう。そこに、白化雨の主が帰ってくれば、おそらく生態系の頂点に立てます」
あくまで、推測だ。これからの調査で何か判明すればいいのだが。
ヤニクの町は人々が慌ただしく動いている。白化雨を警戒して外洋船は出ておらず、道行く人も必ず傘を携えている。
日常が着実に壊されている光景にコットグが眉を顰める。
「早く解決しないとね」
コットグの呟きにセラが頷いた時、冒険者ギルドの方からイルルが走ってきた。
「セラ! 急いで! 大ニュース!」
一瞬、トラブルかと思い身構えたセラだったが、イルルの表情は明るい。
どちらかといえば良い報せらしい。
イルルに急かされるまま、セラはコットグと並んで走り出す。
冒険者ギルドの前には人だかりができていた。冒険者たちが殺到しているようだ。
「みんなどいてー。セラが来たよ! 実体魔力のポーションを飲まされるよ!?」
「白衣の堕天使!? 戻ってきてたんすか!?」
実体魔力のポーションを飲んだ経験のある冒険者たちが一斉に道を開ける。
複雑な気持ちになりながらもセラはイルルの後ろについてヤニク冒険者ギルドの玄関を潜った。
ギルドホールにはギルド長コフィや漁師ギルド長、アウリオやオースタがいる。ヤニクの有名な冒険者も揃っていた。
海底洞窟の捜索もあって呼ばれていたメンバーだが、彼らはテーブルの上に置かれた何かに関して意見を交わしているようだった。
「皆さん、どうしたんですか?」
声をかけながら歩み寄ると、漁師ギルド長が立ち位置をずらしてセラにテーブルの上を見せた。
テーブルの上には木製の黒いトレイが置かれている。トレイの上に上質な布が敷かれ、その上に鱗らしきものが一枚乗っていた。
「これは……?」
「先ほど、素潜り漁師の一人が浅瀬で発見した」
セラは鱗に自らの手をかざす。セラは比較的小柄な方だが、手と鱗の大きさはほぼ同じ。むしろ鱗の方が大きいほどだ。通常の魚類でこの大きさは考えにくい。
発見者もそう思ったから冒険者ギルドに持ち込んだのだろう。
漁師ギルド長は腕組みして唸る。
「初めて見る鱗だ。魚ではないだろうが、この辺の海にいる魔物とも思えない」
漁師ギルド長の言葉に冒険者ギルド長であるコフィもうなずく。
セラは改めて鱗を観察する。
巨大なだけでなく、いくつかの特徴がある。色はベージュに近い白。先端がギザギザしており、表面にもざらつきがみられる。野菜をすりおろすのに使う卸し金を無理やり鱗の形に成形したような不思議な外観だ。
セラはアウリオを見る。
「アウリオさんの見立てを聞かせてほしいです」
「俺も初めて見たね。類似の魔物も思いつかない。でも、だからこそ当たりなんじゃないかな?」
セラも同じ意見だ。
「白化雨の主、でしょうね」
広大な海から上がった鱗であるため断言しにくいが、この付近の生物に詳しい両ギルド長が見覚えがないというのも後押しする。
だが、ここに鱗があるということは後手に回った可能性がある。
「ひとまず、海底洞窟の捜索を始めましょう」




