第十二話 新たな犠牲者
――白化雨の正体は魔法で作られた疑似生物。
セラの報告は直ちに関係各所へ伝達された。仮眠をとっていた国家錬金術師まで叩き起こされ「鮮度の良い美白美容液を探せ」という謎の伝令が走り回った。
報告書を書き上げたセラは朝日に目を細め、席を立つ。
「カマナック部長、報告書はここに置いておきます。白化雨への対抗手段の模索と陣頭指揮、頑張ってください」
正体が分かったとはいえ、現状では打つ手がない。
この疑似生物は厄介なことに色素を分解する。疑似生物そのものを消滅させても失われた色素が戻らないのはカマナックの失明が物語っている。
白化雨に降られて色素が抜けてしまった動植物をどう治療するか。白化雨に降られても色素を分解されないようにするにはどうするか。それらをポーションという手段で模索するのがいまの国家錬金術師ギルド本部の仕事となった。
セラのおかげで白化雨の正体が分かったとはいえ、仕事は増えている。
カマナックは臓器治癒ポーションを飲み干し、セラに頷き返した。
「任せなさい。セラさんは原因の特定と対処を頑張ってくれ」
白化雨の正体が魔法による疑似生物だと判明し、さらなる疑問が湧いて出た。
この魔法は誰が、何の目的で使用しているのか。魔法を使用した何者かはいまどこにいるのか。
セラの見立てが正しければ、次に白化雨が降るのは港町ヤニクだ。
左遷されて戻ってきたのが昨日。かと思えば、今度は自分の意思でヤニクに出張である。
「では行ってきます」
鞄を持ってセラは速やかに開発部を後にする。
開発部に缶詰めになっていた同僚たちがセラに手を伸ばす。おいていかないでくれ、手伝ってくれ、そんな縋る声をセラは聞き流した。
「皆さんも左遷されないように、いまが頑張りどころですよ」
「そんなぁ……」
ギルド本部を出ると騎士団の紋章がついた箱馬車が待っていた。護衛のオースタ達騎士団に加え、なぜかアウリオやバトゥとベックの二人組などの冒険者、イルルもいる。
「大所帯ですね」
予想以上の人数になっていて少し驚くセラに、オースタは馬車の扉を開けながら経緯を話す。
「昨晩、アウリオさんが騎士宿舎に訪ねてきまして。もしかすると龍退治になるから戦力を集めたいと」
「確証がないのでそこまでは頼んでいなかったんですが」
ボグス族の龍伐の湖の伝承からの推察でしかないため、国家戦力である騎士団を動かすには証拠が弱い。
だが、馬車の横で馬に乗るアウリオが冒険者たちを指さした。
「俺はただ、冒険者を戦力として集めるから同行させてくれって話しただけなんだけどね」
同行してくれるらしい冒険者は十人ほど。龍退治の戦力としては心もとない人数だが、アウリオが半端者に声をかけるとは思えない。全員が相応の実力者だろう。
バトゥが右腕に力こぶを作って見せながら口を開く。
「前回は情けないところを見せたからな。セラさんに良い所を見せたいんだ。国家錬金術師だったのは驚いたけど」
「薬草茶が飲みたい」
ベックがぼそりと言う。よほど気に入ったらしい。
そんな冒険者たちを見て、オースタが困ったように笑う。
「国家を守る騎士団がこの話を聞いて動かないわけにいかないでしょう? 冒険者だけで白化雨の解決をされたらメンツが丸つぶれですよって上にご注進してあげたらこの通りです」
昨日のうちにセラが白化雨の正体を特定したこともあり、騎士団の上層部はオースタのご注進という名の脅しを深刻にとらえ、馬術に優れた者を選抜して同行させることを決定したという。
現地で戦力を集めることもできる冒険者たちに対し、騎士団はここで戦力を出さないと参加できない。相当に慌てたことは想像に難くない。
「道中の替え馬にも当てがあります。明後日の朝には到着できるような強行軍ですから、酔い止めのポーションを飲んでおいてください」
セラは馬車に乗り込み、席に座る。騎士団の医療班らしき医師に黙礼し、隣に座るイルルを見た。
「イルルさんはなぜ?」
イルルは冒険者ではなく、ギルド職員。しかも受付嬢だ。龍退治の戦力になるはずもない。
故郷に白化雨が降ると聞いて居ても立ってもいられなくなったのかとセラは思ったが、違うらしい。
「……洞窟調査用猫だって」
「あっ……」
洞窟や地下水脈と白化雨を降らせているらしき何かとの関係はセラが昨日、騎士宿舎の地図でオースタに説明した。
となれば、これから白化雨の主を探す過程で洞窟調査や地下水脈の調査を行う場面がありうる。
白化雨の主の大きさが不明なので、人が入り込める洞窟にいるとは限らない。もしかするとセラの細腕と同じサイズかもしれず、そんな白化雨の主が細い洞窟を住処にしていたら発見できない。
イルルが絶望顔でセラに手を差し出す。
「身を守るために実体魔力のポーションに慣れろって言われた……」
洞窟調査中に何があるか分からないからだろう。実体魔力のポーションを飲んでいれば、ひとまず遠距離攻撃はほぼ無効化できる。
セラはイルルの手に実体魔力のポーションを握らせた。
「美味しいですよ?」




