第七話 白化雨
雨粒が葉に光る朝、セラは傘を片手に宿を出た。
雨は止んでいるが、木々からは白化雨が滴り落ちている。
水たまりを避け、セラは道端に生えている雑草を見下ろす。葉先は緑色のまま、地面に流れを作った白化雨に晒された根本が白くなっている。
「植物にも影響があるんですね」
半ば予想していたが、白化雨の影響は魔物や動物だけではない。
村の畑や果樹にも影響が出るだろう。
「少し、妙ですね」
「何がおかしいの?」
突然横から声をかけてきたのは宿の子だった。蝋を塗った獣革の長靴を履いている。
セラは自分の考えを整理するように宿の子に説明する。
「白化の影響にムラがあると思いませんか?」
道端の雑草だけでなく畑の野菜や果樹を見回す。根元が白くなっているもの、幹の一部が白くなっているもの、様々だ。
宿の子はしばらく周囲をぐるぐる見まわして、気付く。
「白化雨に一番触れるのは地面に接している部分のはずなのに、根元はそのままで幹や葉が白くなっている植物があるね」
「その通りです。白化雨に触れた時間や触れた白化雨の量が影響の大小を決めていると思っていましたが、どうも様子が違います」
セラは空き瓶を使って葉の上の白化雨を回収して瓶にラベルを張る。
水溜まりや用水路、井戸水なども回収していくセラに宿の子は興味津々でついてきた。
「何かわかるの?」
「地下水まで浸透しているかどうかが分かるかもしれません」
サンプルを集め、他の地域とも比べる。まだ何もわからない状況だからこそ、サンプル数はいくらあってもいい。
地下水への浸透度合いによっては、井戸水も安全ではなくなる。
宿の子も気付いたのか、心配そうに井戸を見た。
「村がなくなるのかな」
「なくならないでしょうね」
「なんで言い切れるの?」
当然の事実を告げるようなセラの口調を不思議に思ったのか、宿の子が首を傾げる。
セラは湧き水のある方角を指さした。
「井戸水、湧き水と水源が二つ以上あります。湧き水は流水で白化雨が上流で降らない限りは安全に飲めるでしょう。重要なのは食料品ですが、蓄えがありますし、近くに森もありますから時間の余裕があります」
後はその時間内に、セラたち国家錬金術師が白化雨の研究を進め、原因の特定や白化の治し方を開発すればいい。
「安心してください。私たち国家錬金術師がいますので」
慰めでも気休めでもない、セラは自分がこの事態を解決できると確信している。
解決できなければ、錬金術師ではない。
宿からイルルたちが歩いてきた。
「セラ、出発するよ。土砂の撤去も最低限でいいって」
「わかりました」
完全撤去するつもりだったが、白化雨に降られた以上は雨水を含んだ土砂も危険だ。水が捌けるまで村人も土砂を放置する方針を決めたらしい。
セラは村の出口へ向かいながら肩越しにアウリオを振り返る。
「サークライズの栽培実験の途中経過を見るためにまたこの村に来るので、その時は護衛をお願いします」
まだ気まずさが残るアウリオと村人の空気感を見て、セラはお願いする。
アウリオは困ったように、しかし、まんざらでもなさそうに笑った。
「お任せを、妖精様」
「それは恥ずかしいのでやめてください」
問題の土砂崩れの現場は標高の低い山の中腹にあった。上から流れ込んだ土砂に街道が埋まっているが、街道そのものが崩れているわけではない。土砂さえ片づければ通行可能だ。
セラは実体魔力のポーションを一気に飲み干し、実体化した魔力で土砂を掬いあげるようにして持ち上げる。
「下に落とせばいいんですか?」
「はい。ですが、川が流れているのでせき止めないように広くまいてください」
オースタの指示に従い、セラは持ち上げた土砂を斜面に広くまく。大きめの岩もあったが、アウリオが魔力を込めた剣で分割してくれた。
手早く撤去作業を済ませ、馬車は通れないが歩行者なら歩ける程度の道を開ける。
泥で滑りやすくなっているので念のため実体魔力で手すりを作って現場を越えた。
白化雨の影響を受けている山の様子を見つつも急ぎ足で街道を進む。
セラは歩きながら木々の様子を観察する。
「曇ってて、不安だねぇ」
セラの隣で空を見上げていたイルルが呟く。
いつ白化雨が降ってもおかしくない天気だけに、次の滞在場所まで急がないといけない。
もう少し観察する時間が取れればと、もどかしい気持ちを抱きながら、セラは木々から視線を外した。
「白化雨の影響が及ぶ地域が限定的な気がしますね」
木々の白化現象は村の付近でよく見られたが、土砂崩れの現場を境にまばらになっていた。
地面の様子からしてこのあたりも雨が降ったことは間違いない。なのになぜ、局所的に白化現象がみられるのか。
気になることが多すぎる。国家錬金術師ギルド本部なら各地の情報も集まっているだろう。
早く調べたい。はやる気持ちを押さえつつ、セラは王都を目指す。
セラたち四人が王都プルズメリに到着したのは、三日後のことだった。




