第六話 白衣の妖精
街道で土砂崩れを起こした魔物、ドグラマの死骸を村に持ち帰ってきたオースタと力自慢たちは、村人総出で慌ただしく動いているのを見て顔を見合わせる。
「えっ、留守中、なんかあったっぽい?」
「忙しそうですが、緊迫した様子でもないですね」
「騎士様、ここは小さな村だ。みんなが忙しいときにボケッと眺めてるわけにいかんのよ」
「とりあえず、村長に話を聞くかね」
まだ土砂の撤去作業が残っているとは言えず、オースタは討伐隊を見送って近付いてくるアウリオに向き直る。
「私が出かける時よりも、村の皆さんが明るい顔をしているように思うんですけど」
「セラさんがやらかしたんだ。サークライズのジャムを作ってくれてるから食べながら説明するよ」
「もうちょっと歓迎されると思っていたんですけどね。いや、ほめられたいからやっているわけではなく、仕事だからやっているのはあるんですけど」
地中を移動するドグラマは厄介な魔物だが、騎士団副長であるオースタにとっては多少面倒なだけの魔物だ。
だが、村人だけでは確実に怪我人が出る程度には危険な魔物でもある。
オースタに同情して、アウリオは彼の肩を叩く。
「あんたは確かに村を救ったよ。この村の出身者として礼を言う」
「アウリオさんが村の代表として礼を言う時点で、個人的には大事なんですけどね? 昨夜のわだかまった空気はどこに行ったんですか?」
「妖精が持って行ったよ」
アウリオが洒落っ気を利かせて返しても事情を知らないオースタには伝わらない。
宿に帰るとセラが食堂で書類を書いていた。実体魔力のポーションを飲んでいるのか、セラ自身はペンを握って紙に何かを書きつつ、テーブルの上ではキノコの破片が薬液につけられたりシート状の物に巻かれていたり、直火、煮、蒸しなど調理か調合をされている。
食堂全体が実験室のようなありさまで、宿の主人と女将はおろおろしている。宿の子だけは興味津々で目を輝かせていた。
オースタはアウリオに視線を向けながらセラを指さす。
「あれが妖精でしょうか?」
「錬金術師や魔法使いの間で語られるタイプの妖精じゃないかな」
騎士のオースタには伝わらない言い回しで答えて、アウリオはセラの仕事の邪魔にならないように食堂の端へオースタを誘導し、事情を話した。
騎士として貴族の護衛も任務に含まれるオースタは、サークライズの重要性を理解している。その栽培研究に国家錬金術師ギルドや王家から支援金が出るだろうと予想もつく。
話を聞き終えて、オースタは笑った。
「そこまで推測できているなら、セラさんが自分で実験すればいいと思いますよ?」
セラが推測と言いながら論理的に過去の栽培成功例の検証をするのなら、成功でも失敗でも論文を書くことができる。それも、わざわざ村を巻き込んでやるような実験規模ではない。
それでもセラがこの村を巻き込んでやるからには理由がある。
セラは王都の方角を指さした。
「左遷された身の上なのに忙しいんですよ。栽培実験なんて時間がかかるものに手を出す余裕がありません」
「実験を村に任せるわけですね。データのとり方などは大丈夫なんですか?」
「いま手引書を準備しています」
セラは実験の手引書を持ち上げ、キノコの実験の様子に目を移す。
アウリオがキノコの実験を指さす。
「それはなにをやってるんだ?」
「初めて見るキノコなので種類などを調べています。食用可能かどうか、毒性があるならどんなものなのかも」
村でサークライズを栽培するにあたり、このキノコの存在は不可欠だ。仮に毒があった場合、菌糸で繋がっていたサークライズに影響が出ないかも調べる必要がある。もし薬効があれば儲けものだ。
「今のところ毒性は見当たりません。キノコは個体差が激しいのでもう少し検査が必要ですが」
キノコを蒸した蒸気を集めて薬液を染みこませた紙を触れさせ反応を見る。これも反応なし。
「王都に戻り次第、博物学者の方にこのキノコを持ち込んで調べてもらいます」
一人で作業を進めるセラを宿の子がじっと見守っている。サークライズの研究者にでもなりそうだ。
オースタが椅子に座る。
「事情は分かりました。作業を進めながらでいいので聞いてください。土砂の撤去作業ですが、一日か二日で終わると思います。ただ、実体魔力のポーションを使えばさらに早く終わるでしょう」
セラが実体魔力のポーションを飲めば、人力よりもはるかに効率よく土砂を移動できる。半日程度で撤去作業が完了するとオースタは見ていた。
「実験が優先であれば私共で作業しますが?」
「私も手伝いますよ。研究したい題材が山積みなので、早く王都に帰りたいですから」
「では、撤去作業の流れと土砂の廃棄場所について――」
オースタが説明を始めようとしたとき、二階からイルルが駆け下りてきた。
「雨が降るから、村のみんなに呼びかけて!」
その日、村に白化雨が降りそそいだ。




