第五話 警句
セラは商品を見せてもらいながら店主に質問する。
「畑の方は嵐の影響がなかったんですか?」
「いや、酷いものだったよ。収穫の前後だったから全滅したわけではないけど、二割くらいダメになった」
店先に出ているのは保存の利くものばかりだ。旅の途中であるセラたちは気にしないが、生鮮野菜があまりないのも嵐の影響だろう。
店主は困り顔で空を見上げる。
「どのみち、白化雨が降れば全部お終いだ。野菜だって果樹だって水を吸い上げて成長するんだから」
白化雨の原因が特定できていない今、白化雨を吸い上げた可能性のある野菜などは売りに出せない。この村ではまだ白化雨が降っていないが、時間の問題だろう。
果樹園の復旧をしている村人たちの顔色が優れないのはアウリオの存在だけではないらしい。むしろ、アウリオが歩み寄る姿勢を見せたことで少し気持ちが上向いてもなお、あの暗い表情。
「周辺の村も嵐の影響が?」
「出ているね。ここは王領とはいえ辺境だ。立派な街があるわけでもない。王国の北との貿易路は知っての通り昔から水運だから、このあたりはお金も流れないし、厳しいもんだよ」
周辺の村とも頻繁に情報交換などをして助け合っているという。
店主は果樹園を手伝うアウリオの方を見た。
「今だって余裕はないが、もうアウリオみたいな子供を出すわけにはいかない。生活は厳しいが、だからこそ踏ん張り時だと思っているよ」
セラは野菜の酢漬けの瓶を買い物籠に入れて、アウリオを振り返る。
セラのやらかしがあったとはいえアウリオが歩み寄る姿勢を見せたのなら、わだかまりを解消する手助けはしてもいいだろう。
――恩義のアウリオに「恩義を感じている人」として。
「店主さん、このあたりに湧き水があるそうですが、水量はどうなっていますか?」
「アウリオから聞いたのかな? 歩いて一時間くらいのところに複数の湧き場があるよ。果樹園が復旧するまでの間、湧き水を売れないかなんて話も出ているが……」
ポーションがあちこちで作られるこの王国において、水そのものの価値はそれほど高くない。水質にばらつきこそあれ、文字通りに売るほどあるのが王国の水事情だ。
いくら綺麗な湧き水でも売り物にはならないだろう。
だが、水量は十分で距離も問題ないのなら、セラからできる提案がある。
「サークライズという植物の栽培実験を村でしてみませんか?」
※
一度村を出たセラは村長や店主、アウリオと共に街道脇に生えているサークライズの元へ向かっていた。
アウリオがいることで気まずそうな村長と店主を無視して、セラは話す。
「サークライズは栽培方法が確立されていません。王家主導で何度か試みられていますが、どれも発芽に至りませんでした」
「へぇ。王国中央部ではよく見かけるんだけどな」
サークライズが自生するから王領がここにあると言われるくらい、サークライズは貴族にとって重要な役割を持つ。暗殺の危険が身近な貴族にとって生命線だからだ。
そんなサークライズの栽培実験はどれも発芽せずに終わっている。その昔には妖精が遊ぶ場所で発芽するなどと伝説がまことしやかに語られるくらい、失敗続きだった。
王家主導で失敗したとなると自分たちでは手も足も出ないのでは、と村長と店主が顔を見合わせる。だが、そんな二人にアウリオは苦笑しつつ話しかけた。
「セラさんは国家錬金術師だよ。それもかなりの凄腕」
「ま、まぁ、アウリオがそう言うなら……」
いまだに負い目を抱える村長はアウリオの言葉に逆らえない。
アウリオも自分の言葉が含む事情を理解しているため、苦笑するしかない。
そんな微妙な空気を読むのも面倒臭いセラは説明する。
「公的には栽培に成功していないんですが、実は成功例自体はあるんですよ」
「あれ? そうなの?」
成功例があるのに何故栽培できないのかと、アウリオたちが一斉にセラへ疑問の目を向ける。
今度はセラが苦笑する番だった。
「七十年前、錬金術師のテランという女性がサークライズの栽培に成功したと書き残しています。ただ、このテランさんはとてもユニークな方でして」
国家錬金術師の資格試験に合格するも資格の受け取りに現れず、賭け事に興じて詐欺まがいの幸運のポーションを売り、王国中をぶらつきながら薬草の分布図を作成しては滞在した宿の部屋に放り出してどこかへ消える。
あまりにも自由奔放な『捕まらない国家錬金術師テラン』は国家錬金術師ギルド本部でも汚点として語られる人物だ。
「後年は宗教説話や各地の伝承に登場する薬草と民間医療の関係などを調べていて、サークライズの栽培成功の報告もその一環でした」
何を隠そう、妖精が遊ぶ場所で発芽するという伝説はテランの報告から来ている。
テラン曰く、サークライズは種が蒔かれた際、中央に妖精が座して、地を足で掻くことで発芽する。
現在まで、妖精の存在は確認されていない。錬金術師や魔法使いの間で語られる妖精とは『確認されている法則に当てはまらない事象を引き起こす未知の原因』の隠語だ。
ようは、「何もわからないので妖精が悪戯したんじゃね?」くらいの意味である。
テランの栽培成功報告は本人の人格的な問題もあって冗談の類だと評価された。
セラは街道脇に生えているサークライズを見つけて歩み寄る。
「こんなことを話すと、テランさんの報告を根拠に栽培実験をするのを躊躇うと思います。ただ、これを見てください」
セラは円陣を組むように発芽しているサークライズの中央の土を指先でそっと払いのける。
土の中から平たいキノコが顔を出した。
「妖精の腰掛、そう呼ばれるキノコはあらゆる地域にあります。ですが、このキノコは私も初めて見る、おそらくは新種のキノコです」
中央に妖精が座して――つまり腰掛ける。
セラは慎重にキノコの周囲を指先で払っていく。すると、白い菌糸がサークライズの芽へと伸びているのが辛うじて分かった。あまりにも細い菌糸は繊細に土を払っていたにもかかわらず土と共に一部が払われている。
存在を確信していなければ土に混ざってしまって消えていただろう。
セラは指先についた土を観察しながら続ける。
「豆科の植物は根粒を作ります。この根粒には植物に栄養を共有する共生細菌が住んでいるんですよ」
地を足で掻くことで発芽する――サークライズの根に共生する何かがいる。
セラはサークライズを見回してから、村長たちを見る。アウリオを含め、三人ともセラが掘り返した土を食い入るように見つめていた。
「この土中キノコがサークライズの共生細菌であり、おそらくは発芽条件ではないかと思います」
国家錬金術師テランは奔放な性格だが、死の間際にこう言い残している。
『外を見てみろ。頭の中より広くて面白い』




