第七話 即席調合
セラが飲んだのはセラ自身が開発した特殊な効果を持つポーション。その名も、実体魔力のポーション。
自身が体外に放出した魔力を任意で実体化させる効果がある。
つまり、セラが手を触れずとも魔力が届く範囲にあれば、実体化した魔力で自由に動かせる。
セラが手を消毒している間に鞄がひとりでに開き、中から素材が取り出された。
ポルターガイストのように素材が宙に浮き、セラの前に並ぶ。
セラが最初に手に取ったのはガラス瓶に入った青味がかった透明感のある液体。錬金術師にはお馴染みのそれも、調合作業を見守るミュンリー達にはわからないだろう。
自分の信用がないことを思い出し、セラは説明しながら調合することにした。
「これはルベイト調合水といって、簡単に言えば水に溶けにくい薬草などを素早く溶かせる液体です」
二百年前に錬金術師ルベイトが調合したことからその名がつけられたルベイト調合水は薬効成分が溶けにくい薬草などから素早くポーションを調合できるように調整された溶液だ。
錬金術師がポーションを作る手間を大幅に減らし、ポーションの製造能力を大幅に引き上げたことから、錬金術師を最も救ったポーションとも呼ばれる。
ただの調合水なので薬効があるわけでもないが、錬金術師の必需品と言っていい品だ。
ルベイト調合水をビーカーに注ぎ入れ、セラは黒い瓶を手に取って中から薬匙で粉を取る。光沢のある赤いその粉末をビーカーに入れ、実体化させた魔力でかき混ぜて溶かしていく。
「ガマニンの樹液の粉末です。動物の血液と相性がいいので、重傷治癒ポーションや造血ポーションなどにも使うレシピがあります」
ビーカー内を魔力でかき混ぜながら、セラは小鍋に水を入れて魔法を唱える。
『原初より我らの道行きを照らしたもう熾り火よ』
知らない者などいないだろう種火の魔法。体内魔力の単位である魔火の名前の由来でもある単純な生活魔法だ。
『原初より我らの道行きを照らしたもう熾り火よ。原初より――』
小鍋に直接種火の魔法を連発し無理やり急速に水の温度を上げる。
そんな呪文を唱えながらも、セラは薬草を細かく刻んでいく。この薬草に関してはわざわざセラが説明するまでもない。
冒険者にとってはなじみ深い薬草だ。
「……アイシロビか?」
バトゥの言葉にセラは呪文を唱えながら頷く。
王国各地に自生している薬草、アイシロビ。初心者冒険者や寒村の子供のお小遣い稼ぎなどでも採取される代表的な薬草だ。これを採取したことがない冒険者は採取の暇がないほど猛獣や魔物と闘い続けるバトルジャンキーくらいだろう。
刻んだアイシロビの葉をかき混ぜていたビーカーへと入れ、ビーカーを沸騰した小鍋に入れて湯煎する。
実体化した魔力で支えられたビーカーはぐつぐつと煮立った沸騰水中で温度を上げていく。
後はとろみがつく直前にお湯から引き上げれば完成だ。
ビーカーの様子を見つつ、セラは別のポーションの調合を始めていた。
実体化した魔力が草の根を高速ですり潰していく。冒険者には馴染みがなくとも、行商人であるミュンリーは知っているだろう。
「ケウザの根です」
「あぁ、いろんな村で斜面を利用して栽培してるアレか」
栽培方法が確立されているため王国のどこでも安定して手に入る薬草の一種だ。
単体でも殺菌作用があり、根をすりおろして肉を漬け込み長期保存する郷土料理もあるほど。
そんなケウザの根のすりおろしを実体化した魔力で裏漉しする。
裏漉しが終わる前にビーカーを小鍋から引き上げたセラは飲みやすいように水差しに移していく。
「ひとまず、この疑似血管ポーションを飲ませます」
宣言して、セラはアウリオの口に出来上がったばかりのポーションを少しずつ流し込む。
少量飲ませて、セラは効果の説明をしていなかったのを思い出した。研究畑にいたせいで服用者やその関係者への説明をすっかり忘れていた。
「あー、太い血管のみに対して、服用者の魔力で疑似的な血管を作り出して流血を防ぐ効果があります。大体、体内魔力を三魔火ほど使用します。とりあえず、これで失血死は免れるでしょう」
バトゥとベックに説明するセラの横では裏漉しが終わって滑らかになったケウザの根のすりおろしが筒状の葉の中に詰められている。バトゥとベックの視線を追ったセラはついでに説明した。
「エピトムの包葉です」
「あの、食虫植物の?」
「それです。よくご存じですね。ちなみに、これは新鮮な物なので殺菌を底上げします」
新鮮なエピトムの包葉は一部の薬草の殺菌効果を強める。錬金術師でもあまり知られていないため、セラは補足しておいた。
しかし、食虫植物のイメージはあまりよくない。バトゥたちは不安そうな顔をしたが、アウリオを見てわずかに安堵した。
「出血が止まってる」
「疑似血管ポーションの効果が出てきたみたいですね」
安堵するバトゥたちだったが、セラはまだ気を抜かない。
疑似血管ポーションは魔力で疑似的に血管を再現するポーションだ。血管が繋がったわけでも、傷がふさがったわけでもない。
このまま放置すれば感染症にかかる恐れがある。
だからこその次のポーションだ。
ケウザの根が詰められたエピトムの包葉を上下から実体化した魔力で押しつぶし、薬液を絞り出す。
絞り出した薬液を清潔な布にしみこませ、アウリオの傷口を覆うようにあてがった。
「間に合わせの消毒用ポーションです。ただ、副作用があります」
「副作用?」
「皮膚の常在菌も死滅します。なので、長時間使用は単純に免疫が弱くなります。あと、しばらく皮膚がかゆくなりますね。……ちょっと大変かも?」
意識がないからこそ、痒さにまけて傷口を悪化させかねない。重傷者のアウリオにする仕打ちではないが、手足を縛った方がいいくらいだ。
「ともあれ、これで明日の夜までは猶予ができたと思います。念のため、明朝に出発してほしいですけど……」
ミュンリーの後ろにいつの間にか立っていた隊商長ターレンが無言で頷き、親指を立てた。任せろ、ということだろう。
「では、よろしくお願いします。私はアウリオさんの看護をしていますので、皆さんは明日に備えてください」
平然と休むように言ってのけるセラに対するミュンリーたちの視線は完全に変わっていた。
「あんた、凄ぇな……」
呟くバトゥの声は、アウリオの体勢を適切に正すセラの耳に聞こえていなかった。