第三話 辺境の村
夕方から降り始めた雨は日が落ちても降り続いて、屋根を叩く雨粒がシトシトと静かに音を消していく。
セラは部屋の扉を開けてそっと廊下を歩く。
一階の食堂に降りてみると、オースタが宿の主人と明日に行われるドグラマの討伐計画を話し合っていた。隣のテーブルでイルルが宿の子の遊び相手になっている。
「あがりっと、お姉さん弱よわー」
「ぐぬぬ……キングのカードがあれば……」
「あれがあったら勝てるじゃなく、これがあるから勝つって考えるのが作戦だよ?」
「勝つまで続けるのが絶対に勝てる作戦だよ!」
「ボクが眠らないと良いねー?」
どっちが遊び相手になっているのか分からないが、楽しそうではある。
セラは食堂を見回してアウリオの姿を探したが、見つからなかった。
オースタがセラに気付き、片手を上げて挨拶する。
「アウリオさんは部屋で食事をとったそうです。セラさんの分はいま、女将さんが作っていますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
やはり、アウリオはあまりこの宿で過ごしたくないらしい。
オースタがテーブルの上に広げていた地図を丸めて片付ける。
「どうぞ。作戦会議は終わりましたから、テーブルを使ってください」
椅子を引いて促すオースタに礼を言って、セラはテーブルに着く。
宿の主人はセラを気にしながらも席を立ち、厨房へ入っていった。
セラはテーブルに置かれたランタンの位置を調整して、イルルと宿の子のカード勝負を眺める。
「広い村ですが、住人はどれくらい住んでいるんですか?」
宿の子に尋ねたつもりだったが、イルルが答えた。
「三十世帯だって」
「遊び相手が少なくて困るくらいで、いい村だよ」
宿の子がそう言ってカードを切ると、イルルと自分に配ってからセラを見る。
これから食事だからと、セラは遠慮した。
宿の子は続ける。
「ボクが生まれる前からある村だけど、三十年とか、四十年くらいの歴史しかないってさ。街道を通したのもここ数年のことらしいよ」
その折角の街道も土砂に埋もれちゃった、と宿の子は肩をすくめる。
街道を通して数年にしては客室の多い宿な気がする。階段を上がって左右六部屋、全部で十二部屋だ。
行商人は多くの場合、護衛の冒険者を二人程度は連れている。それでも客室がかなり余るはずだ。
疑問が顔に出ていたのか、宿の子はゲームを始めながら木窓の外を指さす。
「十年以上前に魔物の縄張りを侵したとかで口減らしがあったんだって。その時の教訓で新しい産業に果樹園を興したりして、こんな小さな村でも商人がよく来るんだ」
セラたちが村に入ってきたのとは逆の方角に果樹園が広がっているらしい。
「まぁ、その果樹園も冬前に来た嵐のせいで大変だけど。今年はもちろん、二年以上は出荷できないだろうってさ。だからお姉さんたちが長く泊まってくれると嬉しいな」
「王都へは仕事で行くので、街道が復旧したらすぐに出発しますよ」
「言ってみただけ。はい、ボクの勝ちー。手加減してるの?」
「してないよ!? なんでこんなにカード強いの……」
港町ヤニクの出身だけあってイルルは船乗りたちを相手に鍛えられている。そんなイルルが手も足も出ない宿の子が純粋に強いだけだ。
セラが見る限り、いかさまなどもしていない。
二人のカード勝負を二試合見届けると、女将が料理を運んできた。
女将は配膳しながら、セラの顔色を窺うようにちらちらとみてくる。
セラは分かりやすくため息をついた。
「私はギルド内政治を面倒臭がって左遷されるような人間です。何か言いたいことや聞きたいことがあるなら直接言ってください」
腹の探り合いのような回りくどいことに時間を取られたくない。はっきりというセラに隣でイルルが小さく笑った。
女将は申し訳なさそうに眉を下げ、失礼しますと言いながらセラの向かいに座った。
「あの、お連れの冒険者の方についてなのですが……」
「アウリオさんですか?」
こくりと女将が頷く。
まぁ、セラもなんとなく察するところがある。
「キノルから護衛をお願いしている冒険者です。詳しくは知りません。何か質問があるのでしたら本人に直接確認してください」
「……そ、そうですか」
突き放すようなセラの回答に、女将は気を落として席を立った。
イルルが不思議そうな顔でセラを見る。
セラはドライフルーツとナッツのサラダを食べ始めながら、イルルの声なき疑問に答えた。
「本人の許可なく話せることがありませんので」
「許可があれば話せるわけだね」
「その時は本人が動くと思いますが」
何の話か分からない様子の宿の子がセラを見る。
「ボクは何か協力した方がいい?」
「いえ、きっかけくらいはこちらで作ります。その後は本人たち次第なので、私たちは邪魔になります」




