第二話 雨宿り
雨雲に追い立てられるように転がり込んだのは小さな農村だった。
王都プルズメリまでまだ少し距離があるが、一応は王領の端に位置している。ようやくここまで来たかと、歩き旅で疲れたセラは肩の力を抜いた。
村唯一の宿は村の入り口にあった。旅人が村の中で迷子にならないようにという配慮だろうか。
「いらっしゃい! 入って、早く! 雨が降っちゃうからさ! 白化雨ってやつがあちこちで降ってるらしいじゃん! 気を付けなよ!」
勢いが凄い宿の子供がセラたちを押し込むように中に入れる。
白化雨への注意喚起は王国中になされているのがよくわかる。
七歳ほどの男の子はセラたちを宿に入れると入り口に傘立てを出し始めた。白化雨を室内に持ち込まないようにするためだ。
よく働く子だなと感心しつつ、セラはイルルたちと宿のカウンターに向かう。
宿の主人が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。宿泊ですか? それとも、雨宿り?」
「一泊分をお願いします。一人一部屋で四部屋ありますか?」
「えぇ、ありますよ。他にお客さんもおりませんから部屋は空いています。こちらにお名前をご記入ください」
宿泊名簿を差し出され、セラは手早く名前を書いた後、宿泊料の銀貨一枚を支払う。
セラの後にイルル、オースタと続き、アウリオに宿泊名簿が回された。
「……アウリオさん、どうしました?」
名簿を見て動きが止まったアウリオに、セラは声をかける。
しかし、反応したのは宿の主人だった。
「アウリオ……?」
驚いた顔でアウリオを見つめた宿の主人は口を開きかけて気まずそうに視線をそらした。
アウリオは宿の主人の反応を無視して名簿に名前を書き、ペンを置く。
明らかに何かありそうだ。
無言のまま気まずそうに視線を合わせない二人を見て、セラは内心首を傾げる。
どうこの場をまとめようかとセラが考えた矢先、イルルが宿の主人に声をかけた。
「部屋の鍵をくださいなー。アウリオさんは早く荷物運んで」
「あ、はい。ただいま」
宿の主人が気まずそうな顔のままアウリオをちらりと見た後、カウンターの下から部屋の鍵を四本取り出してイルルに渡した。
「階段を上がった左手側の奥から四部屋です」
「ありがとうございます。ほらほら、オースタさんも行くよ。ずっと歩き詰めで疲れたんだから」
イルルに促されて、全員が階段を上り始める。宿の主人の視線を背中に感じながら、セラたちは二階に上がって部屋へ向かった。
細い廊下を挟むように六つの扉が並んでいる。
イルルが鍵の番号と部屋番号を照らし合わせて、セラに鍵を一本渡した。
「セラも角部屋でいいよね?」
「えぇ、私は角部屋が良いですね。アウリオさんたちはどうですか?」
アウリオとオースタの希望も尋ねる。
オースタは朗らかな笑顔で返した。
「どこでも、と言いたいところですが、一応は護衛を兼ねていますので、階段側の部屋にしてください。廊下を警戒したいので」
アウリオはと目を向けると、肩をすくめられた。
「俺も同じ理由で階段側にしてほしい」
「わかりました。では、そのように」
部屋割りが決まって、イルルが鍵をそれぞれに渡したとき、階段を先ほどの宿の子が駆けあがってきた。
わずかに身構えたオースタとアウリオに気付かず、宿の子は階段の手すりに腕を乗せて身を乗り出す。
「お客さんたち、失礼だけど目的地を聞かせてもらっていいかな?」
「目的地、ですか? 王都プルズメリに向かう予定ですが」
オースタの答えを聞いて、宿の子は困ったように笑った。
「あちゃー。昨日の夜、街道が土砂崩れを起こして復旧中なんだよ」
「土砂崩れ……現場は?」
「地図持ってる?」
やはり年の割にかなりしっかりした子だ。オースタが出した地図を見て、土砂崩れの現場を指さした。
この村と王都を結ぶ街道の中間地点だ。迂回路を進もうにも、肝心の分かれ道が土砂崩れ現場の向こう側にある。
復旧作業が長引くなら一度来た道を引き返すしかない。
セラたちの顔を見て考えを読んだのだろう。宿の子は話を続ける。
「土砂崩れの原因はドグラマって地中に住んでいる魔物らしい。土砂の撤去は一日で出来そうだけど、ドグラマが近くに潜んでいると作業中に襲われかねないから、復旧日は未定」
ドグラマは涙滴形の体を持つトカゲのような魔物だ。モグラのように地中を移動し、土砂崩れを引き起こす。
地中から突然襲い掛かってくるため経験を積んだ冒険者でもないと討伐するどころか逆に食べられてしまうだろう。
宿の子がオースタとアウリオを見てにやりと笑う。
「そこでお客さんに相談なんだけど、二人ともかなり強いでしょ? 討伐を手伝ってくれたら、明日以降の宿代はタダってことでどう?」
提案を聞いてオースタは愉快そうに笑う。
「したたかですね。宿代に関してはきちんと支払いますが、王国騎士団員としてはこの事態を見過ごせません。討伐しましょう。アウリオさん、お二人の護衛をお任せしても?」
「……あぁ、引き受けよう」
若干歯切れ悪く、アウリオが護衛を引き受ける。
宿の子は嬉しそうに笑って身をひるがえした。
「親父と村長に話しておくよ。騎士様、頼りにしてるからね!」
「お任せを」
階段を駆け下りていく宿の子を見送って、オースタがセラたちに向き直る。
「というわけですので、明日は一日別行動をいたします。ついでに災害現場を見て、本当に復旧作業が一日で終わるかの見立てもしましょう。無理なようなら、一度引き返すということで、食品などの準備をお願いします」
「わかりました。私が村の人と交渉しましょう」
白化雨が農作物にも影響するいま、食料品は跳ね上がっている。いざとなればポーションとの物々交換も提案できる自分が交渉役に適任だと、セラは名乗り出た。
イルルがセラたちを見回し、一瞬考えた後で決意したように大きく頷く。
「私は明日、一日中寝てるね。護衛のアウリオさんの手間が増えないようにしないといけないから! あ、内陸の川魚があったら買って。食べてみたい」
マイペースを貫くイルルに苦笑して、それぞれが部屋に入った。




