第一話 広域災害:白化雨
急遽キノルを出発したセラたちは徒歩で王都への道を進んでいた。
馬の手綱を引くオースタが申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。馬車の手配が間に合わず……」
キノルからの街道は雪が積もっているのもあって馬車は元々使えない。だが、王国中央部へ近づくほどに雪の影響は減っていき、本来は今頃馬車の上だった。
それが、各地で頻発する白化雨の影響を調べるために騎士団や国家錬金術師、魔法師団などが王国中を移動しているため、馬車が足りていないらしい。
一部では商業ギルドから国が馬車を借り上げてまで確保しているほどだ。
セラは歩きながら資料に目を通しつつ、オースタに答える。
「別に構いませんよ。被害地域をこの目で見ておきたかったので」
緊急で王都に戻れとの命令だが、理由を考えれば多少の寄り道は許される。
実際、セラたちが徒歩で移動しているため、すれ違う騎士や国家錬金術師から最新の情報を得られている。王国北部の状況についてはセラたちの方が国家錬金術師ギルド本部よりも詳しいくらいだろう。
いまセラが読んでいる資料も二日ほど前に北部の村で降った白化雨についてのものだ。
イルルが資料を覗き込み、専門用語の羅列に目を回す。
「何が書いてあるのか分からないよ」
「簡単に説明すると、白化雨をどれくらい受けると影響がどの程度出るのかなどをまとめたものです」
バズラーガという国家錬金術師の実験記録だ。流体の特性とポーションの効果の関係性などを専門的に調べている人物で、国家錬金術師ギルド本部の庭でポーションが入った容器を振り回す姿をよく見る。
「各種のポーションにおける最適な粘度を網羅した研究論文が有名ですね」
「へ、へぇ……」
「面白い研究ですが、なんというか、言葉選びがねっとりした論文を書く方なのでいまいち評価されない人です」
読みにくいが、確かな研究論文を書く人物だ。
今回の資料は論文の形式をとっていないが、非常に整理されている。
「ですが、バスラーガさんは一時離脱みたいですね」
「離脱?」
「移動中、白化雨に長時間さらされたようです。サンプルを取るためとはいえ、あの人もずいぶん無茶をしますね」
白化雨に打たれたバズラーガは髪や肌の色素が抜け、日光を浴びると重度の日焼けになる障害を持ったという。
資料によれば、セラと同様にバズラーガも白化雨の成分を分析したが原因特定には至らなかった。
だが、白化雨に打たれた際に、厚みを変えた包帯や油紙、絹、獣の革などを左右の腕に巻き付けた。この自分の体を使った捨て身の実験だ。各種の紙や布を白化雨が浸透するかどうか、浸透するとしてどれくらい影響が弱まるかなどの結果を得ている。
実験の結果、白化雨は雨水の浸透具合によって肌への影響が変わることが分かる。油紙で撥水することで影響をかなり限定できるようだ。同時に、濾過しても白化の原因物質を取り除くのは困難という結論も出している。
かなりの微細な粒子や物質なのだろう。
セラがかいつまんで説明すると、黙って周囲の警戒をしていたアウリオが口を挟んだ。
「重度の日焼けというのが気になるな。魔物の白化個体が水底でばかり見つかるのも、日光を避けるからか」
「おそらく、それが理由でしょう。水生生物ではないはずのトレントまで水底に潜っていましたから。ですが、日光を避けるのなら洞窟でもよかったはず……」
魔物の異常行動の理由は見えてきたが、そもそもの話、白化雨への対策が急務だ。
原因特定はもちろん、次にどこで白化雨が降るのかもわからない。通常の雨と見分けがつかず、バズラーガも事前に準備をしたうえで雨が降るたびに外に出たらしい。
せめて見分けがつけば、屋内に避難するなどの対応策も取れるのだが……。
「セラ以外の国家錬金術師でも苦戦中かぁ」
のほほんとイルルが呟く。
「魔法師団の調査でも原因特定に至らずとのことですから、本当にお手上げですね」
スライムから作られる偽美白美容液の件を考えても、魔法にしては妙な効果だとセラも思う。
セラは資料を丸めて鞄にねじ込んだ。道中で貰った資料が大量に詰め込まれた鞄はもう口が閉まらないほど膨れている。
情報を頭の中で整理しながら、セラは街道脇を見た。
「またサークライズが咲いてますね」
街道脇にセラの腰丈ほどの若木が花をつけていた。特徴的な円形で並ぶ若木たちは一様に薄桃色や黄色の花を咲かせている。
必ず数本が円陣を組むように成長することからサークライズと名付けられているこの樹木は一年目と二年目の花にだけ薬効がある。収穫してすぐに湧き水に漬けなくては二時間ほどで薬効が消失するため、かなり希少な薬花だ。
薬効は植物毒全般に対して発揮される毒の吸収を大幅に遅らせるもの。解毒はできないが、処置時間を大幅に伸ばせることから毒殺の危険がある王侯貴族の常備薬として珍重される。
アウリオがサークライズを見て残念そうな顔をする。
「このあたりに湧き水はないから、採取できないな」
「残念ですね。初年度の花はジャムにすると独特のコクと苦味が美味しいんですけど」
「渋みがあってポーションにしても飲みたくないって聞いたことがあるんだけどね?」
どこで聞きかじった知識なのか、アウリオがセラを心配そうに見る。
セラは首を横に振った。
「誤解されがちですが、湧き水に漬けこめば渋味が抜けるのでポーション素材に味は移りません。サークライズそのものが希少なのでジャムはまず見かけませんが、私の師匠の好物の一つですよ」
「セラさんの師匠か……」
「そんなに言うなら食べさせてあげますよ」
なおも疑うアウリオを横目でにらみ、セラはサークライズに歩み寄る。湧き水に漬けないと薬効はなくなるが、ジャムにする分には普通の飲み水に漬け込んでもいい。
その普通の飲み水も白化雨の影響が頻発するいま、いつまで普通でいられるか。
「……あれ?」
サークライズの若木たちが作る円陣の中に、セラは見慣れないキノコを見つけて手を止める。
土にほぼ全体が埋まっている茶褐色の小さなキノコだ。『妖精の腰掛』の異名を持つあるキノコに似ているが、あまりにも小さい。
新種かと思い、セラは胸元から実体魔力のポーションを取り出した。毒があるかもしれないキノコを素手で触るわけにはいかないので、周りの土ごと実体魔力で運んでしまおうという魂胆だ。
だが、オースタがセラの肩に手を置いて引き留めた。
「セラさん、雨が降りそうです。少し早いですが移動はここで切り上げて、この先の農村で雨をやり過ごしましょう」
白化雨を警戒し、できるだけ雨に打たれないように移動する必要がある。
セラは名残惜しさを感じつつ、キノコに背を向けた。




