第二十五話 推測
「――お疲れさまでしたぁぁぁあああああ!」
雄叫びのような労いと共に、トレント討伐戦の祝勝会が始まった。
ボグス族のみならず、周辺の山岳民族を招いての大規模なお祭りだ。今回はキノルの町からの客人もいるということで、それぞれの民族が自慢の品を持ち寄っている。
キノルに自身の特産品をアピールして個別の商取引に持ち込み、民族の影響力を高める狙いもあり、宿泊所にいるセラの耳にも喧噪が聞こえてくるほど盛り上がっている。
セラはアウリオとダ・クマが解剖するトレントのスケッチを取っていた。
「栄養失調というより、餓死寸前って感じだね」
アウリオの見解に、ダ・クマは深々と頷く。
「これほど貧相なトレントは見たこともない。結局、我々が毒に侵されなかったのもこいつらが生育と生存に魔力を使いすぎて、毒を強化する魔力の余裕がなかったからだろう」
トレントたちは生存に必死で龍伐の湖の魔力を使っていた。セラたちのような討伐隊が来るまで天敵どころか獲物すらいない湖底で生活していたトレントたちは個々では毒をそれほど散布していなかったらしい。
天敵がいないだけなら楽園だが、獲物もいないのなら地獄になる。
解剖したトレントたちには恒常的な共食いの痕があった。一部には仲間であるはずのトレントを弱らせる毒をもつ個体までいた。
セラはスケッチを終えてトレントの白い葉を見る。
「白化個体ですね」
「パラジアと同じ、だね」
アウリオは言って、ダ・クマに港町ヤニクを襲ったパラジアの騒動について説明する。
ダ・クマは床に散らばったトレントの葉を箒で集めながら口を開いた。
「白化した魔物が相次いで発見されている……。なにが原因だ?」
「わからないな」
アウリオが肩をすくめる。
セラはスケッチブックを鞄にしまい込み、立ち上がった。
「先にお二人の見解を聞きたいのですが、このトレントは特殊個体とみていいでしょうか?」
「俺は違うと思うね。どの個体も全身が白いって特徴はあるけど、特別な進化の形跡がない」
「アウリオ殿に同意する。水中に適応する変化すら見られない。まるで、陸上にいたモノが何かから逃げて湖の奥底に隠れたようだ」
アウリオとダ・クマの見解にセラも疑問を挟む余地がない。
このトレントは白化しているだけの通常のトレントだ。ヤニクを襲ったパラジアと同じく何らかの要因で全身が白化したと思われる。
そして、その白化は全身を脆くしてしまう。
「気になるのは毒だな。知られていないだけで、山脈の向こうにベルジアカと同種の毒を持つ植物があるのかも」
「貧血を起こす毒植物は聞いたことがない」
地元の人間であるダ・クマに否定されては、アウリオも自説を推す気にはならないらしい。
意見を問うような視線を二人に向けられて、セラは「仮説ですが」と前置きして続けた。
「龍伐の湖の底に洞窟があったことに気付きましたか?」
「洞窟だと?」
「ちらっと見えた気がするね。多分、南側の壁面だと思うけど。単なる窪みにしては奥行きがありそうだった」
流石にアウリオはよく見ている。
戦闘中だった三人とは違い、セラは遠巻きに全体の把握に努めていた。だからこそ、小さな洞窟に気付いた。
「あの洞窟が王国中央部に続いている可能性を考えました」
「そんな……いくらなんでも無茶な仮定だと思うよ? 遠すぎる」
アウリオの言う通りに無茶な仮定だ。王国を半分近く縦断するような長大な洞窟など考えにくい。
ただ、セラも根拠なしにこの無茶な仮定を言い出したわけではない。
「あの湖、龍伐の湖は龍とボグス族の英雄が戦った戦場痕とのことでした。伝承が事実なら、龍の住処があったでしょう」
「……なるほど、一部の龍なら巣を掘るか。それでも長すぎる気はするが……。ヤニクと同様の魔物の白化現象がここで起きた理由にもなるか」
ダ・クマまでセラの無茶な仮説に理解を示した。
「セラ殿は魔物の白化現象が何らかの病のようなものだと考えているのか? 感染するような、そんな病だと?」
「病ならまだいいんですけどね」
セラはアウリオを見た。
「キノルで取り締まり中の密売品、美白美容液として売られていましたよね」
アウリオが思い出したように天井を仰ぎ見る。
「もしかして、魔物だけじゃなく人間も白化させるポーションか?」
「それも、検出できない未知の物質が入ったモノだとすれば、とても厄介な代物です」
セラは件の美白美容液を密売人からスリ取って検査している。その結果はただのハチミツと水の混合物だった。それ以外の物質を検出できなかったのだ。
「キノル冒険者ギルドで摘発に乗り出しています。今頃は密売組織の残党も捕まって壊滅した頃でしょう」
つまり、売っていた黒幕から話が聞ける。
「明日にはキノルに戻りましょう。薬害が出ていないとも限りません」
龍伐の湖のトレントが全滅した今、洞窟から新たに魔物が出てこない限りは湖の魔力濃度も回復していくだろう。
そうなれば、雪の魔力含有量も通常に戻り、風笛草の生育条件を満たすはず。
セラは丸くなって寝ているさび猫イルルに上着をかけて、出発の準備を始めた。




