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左遷の錬金術師の解決薬  作者: 氷純
第一章 港町ヤニク
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第六話  容体

 まだウインキングオウルが潜んでいる可能性を踏まえて、広場の中央の焚火に薪が追加される。広場のあちこちに松明が掲げられ、厳重な警戒態勢が敷かれた。

 死骸は森の入り口に放り捨てられ、始末は後回しとなった。ここまで厳重な警戒を施せば野生動物はまず近づいてこない。猛獣よりも好戦的な魔物であっても警戒網に引っかかる。


 重傷を負って広場に運び込まれたアウリオの容体は非常に悪かった。

 右わき腹に深く食い込んだ鉤爪は内臓に到達し、肺などを傷つけている。太い血管も裂かれ、止血も間に合わない。

 朝までぎりぎり生きられるかどうかという容体だ。仮に息があっても、医師がいる町まで半日近くかかる。夜通し馬で駆けようにも、ウインキングオウルが待ち伏せしていないとは限らない。馬の乗り手と共に餌食になるだけだろう。

 臨時パーティーのバトゥとベックが沈痛な面持ちで頭を振る。


「ダメもとで、重傷治癒ポーションを使う?」


 雇い主であるミュンリーがバトゥとベックに問う。

 無意味だな、と錬金術師の視点からセラはアウリオの容体を分析して結論を下す。

 重傷治癒ポーションは骨や筋肉に作用して治癒させるポーションだ。内臓は治らず、血管の修復作用も高くない。

 なにより、問題がある。


「残りの体内魔力量がわからない。最悪の場合、効果が出ずに無駄に魔力を消費して死期を早める……」


 ベックが言う通り、ポーションの類は体内の魔力を消費して効果を発揮するため、魔力量が足らないと意味がない。副作用の危険さえある。

 アウリオ本人は血を流しすぎて意識が朦朧としており、体内魔力量を聞くこともできない。もともと感覚的なものなのでこの意識レベルの患者に聞いても信用できない。

 こういった場合、パーティーメンバーが仲間の使った魔法や戦闘時間から逆算して大まかに把握しておくものだが、臨時パーティに求めるのは酷だろう。


 一番辛そうなのはバトゥだ。アウリオに庇ってもらったにもかかわらず、見守ることしかできないのだから。

 一か八か、ミュンリーの幌馬車だけで夜の街道を進んで町を目指すという案が現実味を帯びて来た時、セラは口をはさんだ。


「有効な手がないのでしたら、私が処置します」

「……できるの?」


 冒険者仲間でも雇用関係でもないので口をはさむのを遠慮していただけで、セラは国家錬金術師だ。ポーションの扱いに関しては文字通りのプロである。

 ただ、素性を知らないバトゥとベックはもちろん、王都から辺境の港町へ左遷されていることを知るミュンリーも疑いの目を向けた。

 当然の反応なのでセラは気にせず、カバンから手のひら大の小さな小瓶を取り出す。


「場所を開けてください。診察します」


 アウリオの横にしゃがみ、セラは小瓶の中から筒状に丸めた油紙を一本取り出し、上端を切った。

 バトゥが心配そうに尋ねる。


「なんだ、それ?」

「花燐の粉末です」


 動物の体内魔力量を簡易的に調べることができる薬剤の一つだ。

 アウリオの手のひらを上に向けさせ、油紙から粉末を落とす。手のひらに乗った粉末は赤く淡い光を発した。


 花燐の粉末は触れた動物の体内魔力量に応じた強さの燐光を発する。読み取り方にコツがいるだけでなく、測れるのは十魔火まで。

 重傷治癒ポーションで消費される魔力量は八魔火なので、応急処置を行う分には申し分ない効果だ。

 ちなみに、王立騎士団の入団者の平均的な体内魔力量が二十五魔火である。当然、花燐の粉末で測りきれない。


「……残っているのは五魔火程度ですね」


 アウリオの手のひらの上で淡く光る花燐の粉末を見て、セラは推定する。

 重傷治癒ポーションの効果は発揮されない魔力量だ。戦闘中に身体強化か何かの魔法を使い続けたのだろう。

 セラの見立てを聞いて、ミュンリーが幌馬車に爪先を向ける。


「仕方がないね。乗せな! 町まで爆走してやる」

「いいえ、このままだと町に到着する前に息を引き取ります。不用意に動かさない方がいいでしょう」

「そんなこと言ったって、町で医者に診てもらうしかもう手がないだろう」


 もともとダメもとだった重傷治癒ポーションでさえ効果がないとわかったのだから、ミュンリーの考え方は正しい。

 ただここにいるのは、国家錬金術師である。

 それも、本部付き、開発部所属で、ギルド内政治を完全無視して研究にのめり込んだ筋金入りの国家錬金術師、セラである。


「この場で可能な限りの応急処置をします。邪魔なので離れていてください」


 そう言って、セラは鞄から一本のポーションを取り出した。

 どろりとした粘性のある深い緑色のポーションだ。明らかに毒々しいそれを見て、ミュンリーが引きつった顔で後ずさり、バトゥが止めようとして手を伸ばした。


「ちょっと待て、何を飲ませる気――」


 コップ一杯分はあるそのポーションを、セラは制止も聞かずに――飲み干した。


「えっ、あんたが飲むの!?」


 つい突っ込みを入れたベックを無視して、セラは「美味しい」と呟き、ポーション調合を開始した。


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― 新着の感想 ―
景気付けに一杯(やばそう)
ひとりごとの猫猫的な薬バカかw
30話前後まで読み進めた後に読み返すと、この回の最後の一文が主人公の特性を大いに語っているように見えてなりません…いいね!
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