第二十話 風笛草の問題
雪をかき分けるように進みながら、ダ・クマは話し出す。
「風笛草は一年から三年草で、毎年冬に咲く。だが、昨年の開花数が少なかった」
栽培方法が見つかっていないため、風笛草はすべて天然の物。開花に必要な条件は雪だと思われるが、昨年の降雪量は例年とさほど変わらなかったらしい。
だが、ダ・クマたちボグス族は開花数が少なかったことから流通量を絞った。
「花が少ない以上、種も少ない。流通量を絞り、保護した」
「開花数がどの程度少なかったんでしょうか?」
「例年の七割程度の開花だった」
ボグス族にとって貴重な現金収入になる風笛草の開花数が七割。危機感を抱くには十分だ。
そして、その危機感は正しかった。
「今年の開花数は例年の四割程度。保存しておいた種をいくらか蒔いて様子を見ているが、芽も出ていない」
ダ・クマ曰く、ボグス族は風笛草の栽培方法の研究もしている。栽培方法を確立したわけではないが、芽を出すところまでは何度も成功しており、条件も絞れていた。
身近に風笛草があるためか、ボグス族の栽培研究は王国の一歩先を行くらしい。
「条件は満たしていた。だが、芽が出ない」
「土壌問題は?」
「研究用の土地で行った。そこは風笛草の生息地ではない。いまも一株も生えていない場所だ」
特定の作物を育て続けることによる連作障害などもセラは考えていたが、ダ・クマの話からすると違うらしい。
そもそも、風笛草が全体的に開花しにくくなっており、発芽もしていない。新しく蒔いた種すら発芽しないということは病害虫の可能性もやや低い。
この雪が積もる山脈全体を広く移動している病害虫がそもそも思いつかない。
山全体に存在し、かつ去年から変化していてボグス族が気付かなかった要素、それが原因だとすれば――
「それで雪の魔力か」
アウリオが納得したように藪に積もった雪を手で掬う。
風笛草の開花や発芽に雪に含まれる魔力が必要となる可能性。
ボグス族としてはその可能性は見過ごせなかったらしい。
「――見えてきた。もっとも、咲いていないが」
ずいぶん歩いた気がしたが、雪をかき分けてきたせいだろう。山の中腹をいくらか超えるとダ・クマが先を指さした。
周囲は低木が少しあるだけの開けた空間。降り積もった白い雪の絨毯にセラの背丈ほどの植物が生えている。笛の音を発する特徴的な花がついていないため分かりにくいが、確かに風笛草だ。
まばらに生える風笛草の一本にセラは歩み寄り、葉や茎の様子を観察する。
「病気ではないようですね。外に現れていないだけかもしれませんが」
「集落の備蓄を検査してくれ。ここのは手を出すな」
「わかっています。周辺の雪を採取しても?」
ダ・クマに許可を得て、セラは開けた空間のあちこちからサンプルを取った後、場所を移動する。
持ってきた検査用の器具を鞄から取り出して、手早く雪を溶かして検査する。
「含有する魔力量が他に比べて顕著に少ないですね」
風笛草が生育に魔力を使ったのかはまだ分からないが、他の生息地やボグス族が種を蒔いた場所の雪も採取して調べればわかることだ。
念のために風笛草が生えていない近くの森で雪を取る。こちらの魔力含有量はボグス族の集落やキノルでの雪解け水と変わらない。
ダ・クマは険しい顔で雪を手に取る、指先で潰したり手の熱で溶かしてじっと見つめる。
「栽培実験でポーションを与えた時は途中で枯れた。どうすれば魔力を与えられる?」
水やりの要領でポーションを与えたことがあるらしい。
錬金術師を欲しているくらいだから特別に調合した物でもないだろう。当然、枯れる。
「いくつか候補は思い浮かびますが、王国の実験施設で試していたと思います」
セラが思い浮かべたのはいくつかの植物用の栄養剤のようなポーションだ。かなり特殊なポーションなので流通もしていない。
ボグス族が蓄積した栽培データと合わせて研究しないといけないだろう。それでも成果が出るまで何年もかかる。
開花数の減少を見る限り、新規のポーションを開発する時間的な猶予がない。
「下手に何かを与えてしまうよりも、この山の中で魔力量がまだ豊富な場所に定期的に植え代えてしまう方がいいでしょう」
まだ風笛草が魔力を消費していない別の場所に移し、魔力を消費したら別のところへ。
「植え替えか。環境変化に耐えられるか……」
「意外とどうにかなりますよ。左遷に次ぐ左遷でここまで来た私が言うんですから間違いありません」
「あんたは肝が据わりすぎている。参考にならん。風笛草は繊細なんだ」
割と突っ込みにくい自虐ネタだったはずが、強火で返してくるダ・クマにセラは思わず感心する。
「実験的に蒔いた種を別の場所に移しては?」
「そこから始めるべきか」
ダ・クマは険しい顔のまま生息地に背を向ける。
「どのみち、根本解決が先だ。水源地に向かう」
日が暮れる前に集落に戻りたいと、やや駆け足気味に斜面を下る。ほどなくして見えてきたのは深い青を湛える小さな湖だった。




