第十九話 交渉成立
ダ・クマの反応は異常ともいえる早さで行動に現れた。
セラが最後まで言い切った時には、ダ・クマの右足が積もった雪を穿ち何らかの魔法で周囲一帯の雪が舞い上がる。
地面から強風が吹きあげているかのような空へ立ち上る吹雪。
「――くっ」
うめくような声は吹雪の範囲の外から聞こえてきた。
吹き上がる吹雪を一太刀で切り開いたアウリオがダ・クマを蹴り飛ばして吹雪の外に追い出し、さらに追撃を仕掛けたのだ。
自分の周囲を魔力で固めて吹雪をやり過ごしたセラとは違い、アウリオは完全に攻勢に出ている。
「すまないが、俺はキノルにしがらみがないんだ。あんたの四肢を斬り飛ばしてもセラさんが治してくれるから安心してくれ」
単なる脅し文句とは思えない気迫で、アウリオはダ・クマの山刀を空の彼方へ弾き飛ばした。
あまりの力量差にダ・クマが目を見開き、信じられないものを見るように空中で回転する山刀を見上げる。
アウリオに剣を突き付けられていることに遅れて気付いたダ・クマはため息をついて雪へと背中から倒れ込んだ。
「猟師小屋に軟禁するつもりが、こうもさらりと返り討ちか」
完全に戦意を喪失したらしいダ・クマだが、その眼には強い意志がいまだに宿っている。アウリオは一切気を抜かず、剣をダ・クマの首に突きつけていた。
セラは吹雪から出て雪を被ったさび猫イルルの悲痛な抗議の声を聞き流してダ・クマに声をかける。
「協力し合えます」
「あんたたちを襲ったのにか?」
「想定内です。それがわかっているからこそ、ダ・クマさんも交渉するつもりでしょう?」
ダ・クマの強い意志を宿した目を真っ向から見返して、セラは問いかける。
ダ・クマは目を細めた。
「ボグス族はキノルと交渉できないと思ったから、こうなった」
「私は国立錬金術師ギルド本部から左遷されてキノルに飛ばされました。キノルとは交渉できずとも、私とは交渉できるのではありませんか?」
「……いや、左遷? うん? ……?」
混乱したダ・クマはアウリオに視線を移し、セラを指さす。
「あの女、こちらの魔法に怯みもしなかったぞ? あの胆力で左遷されるのか? どういうことだ?」
「あぁーわかるぅ」
アウリオが心底から同情と共感を覚えて何度もうなづいた。
ただ、関係が近いはずのアウリオがこの反応を示したことで、考えても無駄だと悟ったのだろう。ダ・クマは諦めたように力を抜いた。
「左遷されたのなら、しがらみはないな。ならば、問題を解決できなかった場合、ボグス族の専属錬金術師になると約束してくれ。それなら協力しよう」
「おいこら、負けたのになに条件をつけてんだ」
「お前たち二人だけが集落に帰ってみろ。大問題になるぞ」
「……命かけてんのか。質が悪いな」
ダ・クマに自殺でもされれば、ボグス族とキノル、ひいては王国との関係は悪化する。風笛草の話は霞み、百年前のような山岳民族との小競り合いが頻発しかねない。
キノルを囲む雪が積もった堀も掃除されるのだろう。
セラはアウリオの肩に手を乗せて交渉相手を変わる。
「専属錬金術師にはなれませんね。弟子入り先を紹介することならできますが」
「弟子入り先か……何年でモノになる?」
「個人の資質によりますが、昨晩のうちに私が作ったポーション類であれば三年程度です」
「いいだろう。それで手を打つ」
本当に交渉をしてまとめてしまうセラに、アウリオは何とも言えない顔をする。そこまでする意味があるのかと聞きたそうだ。
セラはちょうどいいのでダ・クマに条件を提示する。
「問題を解決できた場合、風笛草を毎年、私個人にください。少量で構いませんので」
「ちゃっかりしてるなぁ……」
セラがどさくさ紛れにキノル冒険者ギルドの半専売品を個人取引しようとしているのに気づいて、アウリオが苦笑した。
ダ・クマも苦笑いを浮かべている。
「良い性格してる。……風笛草の生息地に案内しよう」
「あとで水源地にもお願いします」
「わかっている。嘘はつかん」
ダ・クマは立ち上がり、拾い上げた山刀の柄をアウリオに差し出した。抵抗の意思がないという証拠に武器を渡すつもりらしい。
アウリオは受け取らなかった。
「持っていていい。魔物と出くわしたときにないと不便だろう。俺はセラさんの護衛で、ダ・クマまで守れないからな」
「そうか。助かる」
ダ・クマは山刀を仕舞い、進路を山頂方向へ切り替えて歩き出した。




