第十六話 大量調合
明日は水源地や風笛草の調査で忙しくなる。
セラは窓を開けて外の冷たい空気に身を震わせる。イルルの抗議の視線を受けて、セラは説明した。
「明日の時間を確保するために、ポーションを作り置きしておきます。そのための換気ですから、我慢してください」
イルルがため息をついて前足を浮かせる。次の瞬間には元の人の姿になっていた。
「夕食は私が作るね」
「助かります。くれぐれも、人目に付かないようにお願いします」
「わかってるよー」
足音を立てないように静かにキッチンへ向かうイルルを見送り、セラは鞄から調合器具を出して机に並べていく。
キノルとボグス族の交流会という名目ではあるが、その実態は医療支援の面が強い。代わりに風笛草などの貴重資源をもらっているのだから純粋な支援でもないのだろうけど。
ともあれ、セラに求められるのはこの集落はもちろん、周辺の各部族も含めた必要分のポーション調合だ。
普通の錬金術師ならば数日かかる大仕事だが、事前に準備しておいたこともあってセラなら今晩中に終わる仕事量である。
「まぁ、少なめに作ることになりそうですけど」
足りない分はタ・ナーレと相談して明日以降に調合すれば足りる。
調合するポーションは耐寒、凍傷治癒、解熱の三種のポーションだ。軽症治癒などのポーションは備蓄があったり、ダ・クマがキノルで購入して定期的に補充しているらしい。
セラは実体魔力のポーションを飲み干し、魔力を操作する。
まずは解熱のポーションから作ろうと、セラは赤いジャガイモのような見た目のキノコを取り出した。
アグティという名の地中に形成されるキノコだ。麻薬成分を含むため錬金術師でなければ購入も所持も許されない。
高い解熱効果を発揮するポーション材料ではあるので、国の認可を受けた冒険者が採取している。
セラはアグティを実体魔力で上下から押しつぶして粉砕する。見た目の割には脆いキノコだ。本来は粉が飛び散らないように注意して慎重に潰すものだが、セラの場合は実体魔力で透明な空間を形成してから潰せるので慎重さがいらない。
アグティの麻薬成分はミマ丸苔の乾燥粉末と混ぜ合わせて水に溶かせば無害になる。そして、ミマ丸苔はポーションの凝固点を下げるセリカナ調合水の基幹素材でもある。
セラは鍋に入れた雪解け水にアグティとミマ丸苔の乾燥粉末を溶かし込み、少量の塩を加える。
ひょっこりと、窓から雪の塊がやってきた。セラが実体魔力で外から拾ってきた雪だ。
雪の中へ鍋を置き、冷やしながら魔力を馴染ませる。解熱のポーションそのものはこれで完成だが、効果が強すぎるので和らげる必要がある。
セラは淡く輝く白い角を鞄から取り出した。
三光鹿と呼ばれる獰猛な鹿の角だ。三年ごとに生え変わるこの角は生え変わり時期に淡く輝くことからその名がついた。
ポーションの持続時間を延ばす代わりに効果を弱くする薬効があり、解熱のポーションなどの長時間ゆっくりと作用してほしいポーション類に重宝する。
ただし、異様に硬い。獰猛な三光鹿の武器だけあって、魔物だろうが容易く貫けるほどの硬さがある。これを粉末にする作業は錬金術師の弟子が嫌がる下処理の中でも上位に入る。
力仕事ではあるが、セラの場合は苦にならない。
実体魔力で三光鹿の角に人外の圧力をかけて一気に粉砕していく。
粉状になった角を計量し、解熱のポーションに混ぜて溶かし込めば完成だ。
鍋に蓋をして、部屋の隅に置いておく。瓶に詰めるのは他の二種類が完成してからでいい。
「バルディミアの花は……」
鞄を覗き込み、小瓶を二つ取り出す。
片方は色鮮やかなバルディミアの花が詰められたもの。もう片方はキノルで加工してストロー状にしたものだ。
バルディミアは桃色の花弁に黒点が浮く大振りの花で、ハーブティーにも使われ、軽やかで上品な甘い香りがする。血管拡張作用を持つのだが、その薬効を引き出す処理が面倒くさい。
花弁を集めて脱気した状態でゆっくりと圧力をかけてシート状にした後、ニジャフワという香木の樹皮で挟んでさらに押しつぶし、丸めてストロー状にする。この作業にとにかく時間と神経を使うため、三光鹿の角と同じく弟子泣かせの素材だ。
イルルたちのお茶会を断ってキノルで処理を終えているので、もうそれほど時間はかからない。
「火をつけて、と」
種火の魔法を使って火をおこし、水を沸騰させる。
ストロー状に加工処理したバルディミアの花を用意し、水蒸気をストローの中に通して蒸留することで薬効が乗る。この時、ストローが熱くなり過ぎないように外から冷やしてやる必要がある。
セラは横着して実体魔力で外の雪を運び、ストローの表面に雪を張り付け固定する。
「これでよし」
これで耐寒ポーションは完成だが、効果時間を調整しつつ凍結しないようにセリカナ調合水と三光鹿の角の粉末を加える。
少しだけ味見して効果を確かめたセラは出来上がった耐寒ポーションを解熱のポーションの横に並べた。
後は凍傷治癒のポーションだ。
こちらは比較的簡単な手順で調合できる。
バルディミアの花を煮出した液にエピトムの乾燥粉末を溶かし込み、セリカナ調合水を適量加えて完成だ。
食虫植物のエピトムは新鮮なら筒状の葉の中の消化液が一部の薬草の殺菌効果を底上げする。アウリオがフクロウ型の魔物に重傷を負わされた時に使用したものだ。
今回使うのはあの日の残りを乾燥させたもの。乾燥させるとかじるだけでも代謝を上げ、発熱を促す。
――ただし、辛くて苦い。
「ピリ辛、ほろ苦で美味しい……」
美味しいものを食べると顔がにやけてしまう。セラは一人なのをいいことにエピトムの乾燥粉末を舐めつつ、実体魔力で調合を進めていく。
出来上がった三種類のポーションを部屋に用意されていた小瓶に詰めていき、ラベルを張っていると、イルルが呼びに来た。
「夕食ができ――そっちも完成したの!?」