第十五話 備蓄
タ・ナーレに届けてもらった雪解け水と氷を溶かした水。セラはその双方の検査を始めた。
さび猫イルルが机の上の水をじっと見つめている。
「すぐに結果が出ますよ」
花燐の粉末と水鏡月草で水の含有魔力を調べる。
双方の水に花燐の粉末の反応はない。煮沸消毒しているためだろう。
水鏡月草は薄い紅色に変わる。キノルでの検査と同じ結果だ。
研究ノートに水鏡月草を張り付けつつ、さび猫イルルに話す。
「キノルと同様に水の魔力含有量が少ないです」
キノルでの結果と見比べるとさらに深刻な事態にも気付ける。
魔力含有量がキノルのモノに比べて減っているのだ。
水源地に近いはずのこの集落でキノルに比べて低いのは理屈に合わない。この短い期間で水源地の魔力含有量が低下する何かが起きたとみるべきだ。
「にゃー」
さび猫イルルが雪解け水の方を猫の手で指し示す。
空から降ってくる雪を溶かしているのだから、水源地の影響が少ないはず。そう考えたのだろう。
セラは雪解け水が入った試験管を持ち上げる。
「おそらく、このあたりの雪は水源地から上がった水分が主なのでしょう。近くに海もありませんし」
水源地を同じくしているから、魔力含有量が少ない。
だとすれば、もう一つ確かめる方法がある、とセラは立ち上がった。
「タ・ナーレさんを訪ねます。一緒に来ますか?」
「にっ」
嫌そうな声を出したさび猫イルルだったが、セラの足元を抜けて先に外に出た。
てっきり胸元に潜り込んでくるものだと思っていたセラは首を傾げつつ、さび猫イルルの後を追って部屋を出る。
すると、粉雪がちらつく中をさび猫イルルは倉庫へ向かって歩いて行った。風笛草の備蓄があるかを確かめるつもりらしい。
「早めに帰ってくるんですよ?」
「にゃにゃー」
仕事熱心なイルルに今夜は美味しいものを食べさせてあげよう。薬草のポタージュとかどうだろうか。
セラは吊り橋を渡ってタ・ナーレがいる家に向かう。
滑り止めに樹液が塗られているのか、雪が少し積もっていても難なく歩ける。それでも足を滑らせるのは怖いので、セラは手すりに手を置いた。
タ・ナーレの家は未婚女性が多数同居している少し大きめの家だ。外にまで明るい声が聞こえてくる。
「タ・ナーレさん、すみません。お聞きしたいことがありましてお時間よろしいですか?」
「お客さん? いいよ。入って入って、寒いでしょ」
「手短に済ませますので」
ちょうど夕食を食べていたらしいタ・ナーレたちに遠慮して、セラは用件を伝える。
「山の悪主について教えてください。具体的には、今年の出現回数と去年までの比較をお願いしたいんです」
「山の悪主についてだと、ロウ・ダ・イオが詳しいけど、今は狩りで出かけてるんだよね……。みんな、今年の山の悪主ってどうなの?」
タ・ナーレが振り返って同居人たちに質問する。
しかし、彼女たちは主に集落内で仕事をしているらしく、山の悪主について詳しいことは分からないようだった。
タ・ナーレは申し訳なさそうにセラに手を合わせて謝る。
「ごめん、力になれなくて。でも、なんで山の悪主を知りたいの? 錬金術師だし、ポーションの材料にするの?」
「いえ、山の悪主は雪で体を構築すると聞きましたから、雪の魔力含有量が少ない今年は例年に比べて出現回数が限られるのではないかと思いまして、確認したんです。ロウ・ダ・イオという方はいつ戻られますか?」
「そういうことね。明日の朝に男衆から話を聞いてくるよ。ロウ・ダ・イオは、何事もなければ明日の午後には戻ってくると思う」
タ・ナーレに礼を言って、セラは宿泊所に戻った。
手荷物から地図を出して水源地の場所を確認し、風笛草の生息地に当たりをつける。栽培方法は分かっていないが、生息地だけなら予想は可能だ。
風笛草は雪が積もり、かつ風が吹き抜ける場所。例えば岸壁や高原に咲いている。
花は風が吹き込むことで木管楽器のような音が鳴るため風笛草と名付けられ、ボグス族の伝統楽器もこの風笛草の音を模しているという。明日に行われる歓迎の宴で演奏が聴けるだろう。
地図で見る限り、水源地から生息地はそう離れていない。ただ、集落とは別方向にあるため、何らかの理由がなければ調査できないだろう。
イルルに頼んで、水源地から生息地まで逃げた振りをしてもらい、それを追いかけて偶然生息地に入ってしまったというシナリオを考えて、セラは地図を閉じる。
ちょうど、さび猫イルルが宿泊所に帰ってきたところだった。玄関のカーペットで足に付いた雪をぬぐっている。体に付いた雪は外で身震いして落としてきたらしい。
セラはタオルを用意してイルルに駆け寄った。
「はい、どうぞ」
身体を拭いてあげながら、外に人の気配がないのを確かめて小さな声で質問する。
「風笛草の備蓄がありましたか? ウインクの数で教えてください」
さび猫イルルは両目をゆっくりと閉じた。
――備蓄なし。
「ゼロ、ですか?」
「にゃ」
頷くさび猫イルルに、セラは絶句する。
風笛草はボグス族の貴重な現金収入だ。取引相手であるキノルの住民が交流に来た今日の段階で備蓄ゼロというのは考えにくい。
取引に出すため倉庫以外で保管している可能性も高いが、ボグス族自身が使用する分まで倉庫から出すとは思えない。
「想像以上に深刻かもしれませんね」
「にゃー」
セラに同意するようにさび猫イルルは鳴いた。




