第十三話 恩義
アウリオが生まれたのは入植がはじまったばかりの貧しい村だった。
土壌が固く、畑の開墾には根気がいる地域だった。村の畑はいわば共有財産で村人総出で世話をして収穫物を分け合って慎ましく暮らしていた。
村人は生まれてきたアウリオたち次世代のためにと畑を広げるのに躍起になっていた。
だが、畑の拡張に伴い魔物の縄張りを犯してしまい、収穫前の大事な時期に襲撃を受けてしまう。
畑は荒らされ、折悪しく前年の不作もあって十歳を迎えていたアウリオは口減らしのために村を出された。
「珍しい話ではないさ。餞別といえば着ている服くらいで、立ち寄った村で水だけもらって王都に転がり込んだ」
アウリオは当時を振り返っているのか、瞼を閉じる。
「王都に入れても十歳そこらのガキだ。仕事なんてありゃしない。そもそも水しか口にしてない状態で歩くのもやっとだった。なんか笑えてきて、半笑いで路地裏に転がってさ。そして次に目が覚めたら孤児院にいた」
捨てる神あれば拾う神あり、アウリオは運がよかった。
アウリオが王都に入ったちょうどその日の朝、国王に第一子が生まれていた。そのため、その年だけは王都の各孤児院に王家からの支援金が下りていた。
どうにか食事にありつけたアウリオは孤児院に住みながら冒険者として登録し、雑用をこなしていく。
めきめきと頭角を現したアウリオは十四歳で孤児院を出て、冒険者として得た報酬の一部を世話になった孤児院に寄付し続けている。
「……それが恩義のアウリオと呼ばれる理由ですか?」
「いかにもな美談だろ?」
セラに対して肩をすくめたアウリオは自嘲するように笑って続ける。
「最初は、孤児院に借りを返して清算するだけのつもりだったんだ。考えてもみてくれ。実の両親にも家族同然の村の人間にも、実質死ねって言われて追い出されたんだ。もう誰も信じる気になんてならないし、孤児院長たちを信じてもいなかった」
死に瀕したからこそ、十歳のアウリオは命の価値を重く見ていた。その命を救った見返りに何を要求してくるか強く警戒したからこそ、先手を打って金銭で清算するつもりだったらしい。
だが、お金を持ってきたアウリオに孤児院長は感謝し、こう言った。
「善行を続ければ、あなたの名声が高まります。その名は王都にとどまらず、あなたの故郷に届いてあなたの無事を知らせることでしょう」
孤児院長としてはアウリオを口減らしで追い出した村人たちの辛い心境を想像し、捨てられたアウリオの心境にも配慮した言い回しだった。
村人を許すことはできないし、直接会うつもりにもならないだろう。それでも、事情があって口減らしに追い出した村の人々に無事を知らせることはできる。そういう意味の言葉だった。
アウリオは別の形で受け取った。
「恩に報いる俺の名前が広まれば、俺を追い出して瀕死に追いやった村のために動くことは絶対にないって村の連中は知ることになる。実力が有名になるほど、その恩恵にあずかれないことが確定している村の者たちは後悔する。そう思ったんだ」
しかも自分はただ恩を返しているだけだ。後ろ暗いところは何もない。
肝心の動機が後ろ暗いものであることから目を背け、アウリオは実力を伸ばしていった。
「恩義のアウリオなんて言われてもね。実際は遠まわしに村の連中に復讐している小物だよ。別に義理堅いわけでもなんでもない」
セラが国立錬金術師ギルド本部をどう思っているのか、アウリオが聞いてきた理由が分かった。
背景を含めてまるで違うものの、追い出された者同士。同じ価値観を共有しているかと思ったのだろう。
「傷の舐め合いは気持ち悪いので、私は遠慮しておきます」
「手厳しいなぁ。まぁ、そう言うと思ったけどね」
アウリオもセラのことはもう同士とは思っていないようだ。あっさりと受け入れて、自嘲気味に笑う。
セラはそんなアウリオの頭を研究ノートで軽く叩いた。
「いてっ」
「勝手に話を終わらせないでください」
「えっ? 終わってない?」
アウリオとしては分かり合えなかった、という結論を出して終わっていたらしいが、セラはまだ自分の意見を言っていない。
「アウリオさんは自分を卑下しすぎです。恩義のアウリオ、結構じゃないですか。アウリオさんが恩義に報いているつもりがなくて二つ名を受け入れがたいのなら、恩義に感じてくれている人が多いアウリオさんって意味で受け入れたらいいでしょう」
いきなり発想の転換を求められて、アウリオは目を白黒させている。
「私は知識欲だけで人を殺せる毒薬だって調合します。ヤニクの港でパラジアを撃退した時に私が扱った素材にザクラームという毒物がありますが、あれも以前に面白がって研究していたから応用できました。結果的に人が助かったんですから、私は礼を受け取る権利がありますよね? それとも、アウリオさんと同じく動機が不純だから礼を受け取ってはいけませんか?」
つらつらと並べられて、アウリオが口を閉ざす。
セラに反論できないが、かといって飲み込みがたい。そんな気持ちらしい。
「それに、小物なんて自分を評価するなら復讐なんて本当はしたくないんでしょう。合法的に誰も苦しめず、それどころか人助けまでして復讐できるんですから、やる気があるなら嬉々としてやりますよ」
「まぁ、それは、そう……」
セラに図星を突かれ、アウリオが項垂れた。
少しいじめ過ぎたかと、セラは口調を柔らかくする。
「村の人たちにも事情があるとはいえアウリオさんが恨む気持ちはわかります。別に恨んでいいと思います。ただ、自分を卑下していては恨む対象が自分自身にもなりかねません。行動しているのはアウリオさん自身なんですから」
「正直、その傾向はあると思う……」
素直に認めるアウリオに、セラは頷いて続ける。
「そこが認められるなら話は終わりです。後はアウリオさんが結論を出してください」
「結論はセラさんが出している気がするけど」
「アウリオさんにしか分からない気持ちもあるでしょうから、別の結論が出るかもしれません。なんであれ、納得のいく結論をアウリオさんが出したらお祝いに薬草茶でも淹れますよ」
セラが約束すると、アウリオはこの夜初めて笑顔を見せた。
「あれは美味しいからな……」