第五話 夜戦
アウリオの声に冒険者たちが一斉に反応する。すでに警戒態勢を取っていただけあってその動きはなめらかで、近くにいる商人を庇いながら馬車へ誘導し始める。
手の空いている冒険者たちは森へ武器を構え、アウリオからの続報を待った。
アウリオはセラを背中にかばいながら、後ろ手に幌馬車へ走るよう指示を出す。
セラは指示を受けて幌馬車へ走り出す直前、森の中に怪しく光る瞳を複数見つけた。樹上に青い火の玉のような瞳が輝き、セラたちを観察するように見つめている。
「敵はフクロウ型! 数は不明!」
アウリオが報告した通り、樹上にある青い瞳の主はセラの半分ほどの背丈のフクロウだった。
セラは無数の視線を感じながら幌馬車へ駆け寄り、幌がかかった荷台によじ登る。先に入っていたミュンリーが手を差し伸べてくれた。
意外と力持ちなミュンリーに荷台へと引き上げられ、セラは一息つく。
幌馬車の外を警戒しながらミュンリーが質問してくる。
「フクロウ型って聞こえたけど、姿は見た?」
「暗くてよく見えませんでしたが、多分、ウインキングオウルですね」
魔物の一種だ。群れを作って狩りをする上に縄張りを持たず、群れごと気ままに旅をする。その行動範囲の広さも相まって被害が起きた時にはすでに飛び立った後ということも多い。
王都にほど近いこの野営地で出くわしたのも、どこかから旅をしてきた群れだからだろう。おそらく、近隣の冒険者ギルドや騎士団も気付いていないはずだ。
ミュンリーが眉を顰める。
「運が悪いね。死人が出ないといいけど」
ウインキングオウルは一羽ずつなら弱い魔物だ。だが、その真価は夜における集団戦で発揮される。
音もなく飛び回り、伸縮する鋭い鉤爪で深い傷を負わせる。特徴的に光る青い目を見せびらかしたかと思うと瞼を閉じて闇に紛れて奇襲してくるのが名前の由来だ。
熟練の冒険者でも不意を打たれることが多く、討伐は日中に行うのが基本だ。夜に出くわしたら狭い場所に立てこもって夜明けを待つか盛大に火を焚いて周囲を照らすことが推奨されている。
幌馬車の外から聞こえる足音から、セラは冒険者の動きを推測する。
「皆さん、馬車を背にして戦うみたいですね」
護衛だからというのもあるだろうが、背後からの奇襲を防ぐのが主な目的だろう。声を掛け合うわけでもなく速やかに適した陣形を組む冒険者たちは流石だ。
ミュンリーが荷台に積まれた箱に背中を預けた。
「これは長丁場になるね」
魔物たちも獲物の群れが一筋縄ではいかないと悟って様子をうかがっているらしい。集中が切れるのを待っているのだろう。
ミュンリーの言葉通り、外では睨み合いが続いているらしい。ただ、セラは一つ心配なことがあった。
「広場中央の焚火はどれくらい燃え続けると思いますか?」
「……これから連日野営って可能性も考えて、初日は薪をケチるからねぇ」
焚火が消えて真っ暗になれば、ウインキングオウルにとって理想的な狩場が出来上がってしまう。
野営を開始したばかりなので、まだまだ夜は長い。冒険者が各自、魔法で明かりを灯しても魔力が足らないだろう。
セラとミュンリーの会話は幌馬車を囲んでいるアウリオたちにも聞こえているはずだ。戦闘中で考える暇もないだろうが、幌馬車の中にいるセラたちには外の様子がわからないので有効な手も考えつかない。
せいぜい、幌馬車の中でランタンを灯すくらいだ。それすら、幌として使われる革が厚いので外に光の恩恵はあまりない。
ミュンリーが期待を込めた目をセラに向ける。
「夜目が利くようになるポーションってあったよね? 作れない?」
「材料が足りません」
王都を出る際に購入した薬草類は怪我に効くようなものや流通していない希少な素材が主だ。都合よく材料が手元にあるわけではない。あったとしても、数人分を作るのが限界だろう。
「私たちにできることはありませんね。一応、軽傷用ポーションならありますから、戦闘の後に負傷者がいれば対応しましょう」
「まぁ、戦闘に関しては素人のあたしらが何かしても邪魔になるだけか」
ミュンリーも納得したらしく、御者台へいつでも移れるように座る場所をずらした。
直後、外が途端に騒がしくなった。焦れたウインキングオウルが攻撃を開始したらしい。
セラとミュンリーも外を警戒するが幌馬車よりも冒険者を優先的に狙っているのか、幌馬車が揺れることすらない。しかし、一瞬だけ幌馬車の外を大きな鳥がかすめ飛んだのが陰でわかった。
何かが地面に落ちる音が聞こえた。弓から矢が放たれる音の直後にまた一つ、何かが落ちる。
幌馬車の近くでバトゥが矢を放ち、ウインキングオウルを射ち落としたらしい。
何度か落ちる音が聞こえてくるが、一向に戦闘が終わる気配がなかった。
奇襲してくる個体を迎撃するしかないせいでウインキングオウルの数が一向に減らないのだろう。
ただ、護衛の冒険者は優秀らしく、誰の悲鳴も聞こえてこない。
ミュンリーも徐々に緊張が取れてきたのか、小さく深呼吸をして気を落ち着かせている。
しばらくして、外から歓声が上がった。
「撃退できたぞ!」
「ちょっと危なかったな」
冒険者たちが健闘を称えあう声を聞き、セラとミュンリーは幌馬車から外をのぞく。
「うわぁ……」
ミュンリーが思わず小さく呟くほど、広場は散々なありさまだった。
フクロウの羽根と死骸が転がり、濃い血の臭いが漂っている。この状況では別の猛獣も寄ってきそうだ。
ざっと数えたところ、ウインキングオウルの死体は七つ。撃退したとのことだから生き残りもいることを考えるとかなり大きな群れだ。
隊商長であるターレンが自らの馬車から出てきて広場の惨状に顔をしかめ、全体に指示を出す。
「森の中に死骸を運んで埋める。獣が寄ってくるし、次の利用者に大迷惑だからな」
妥当な判断だ。
セラはミュンリーと共に幌馬車から降りる。鳥型の魔物は大きさに比べて軽量とはいえ普段から鍛えている冒険者たちがグループを作って運び始めた。
バトゥとベックが翼の両端をもって引きずるように森へ歩いていく。その後ろを血が染みた地面をシャベルで削るようにしてアウリオがついていく。こういった作業にも慣れているのだろう。
バトゥたちとすれ違う時、セラはウインキングオウルの嘴の付け根が白くなっていることに気付いた。年老いた個体である証拠だ。人も魔物も年には勝てないのか。
ふと、足を止める。
森の中に分散して運ばれていくウインキングオウルの死骸。暗くてよく見えない個体もあるが、見える限りの個体はすべて嘴の付け根が白い。
「……年老いた個体だけ奇襲役をしていた?」
それとも年老いているから反撃に対応できずに倒されただけで、奇襲役には若い個体もいたのか。
――それとも、
「……奇襲役じゃなくて捨て駒?」
ハッとして、セラはアウリオたちを振り返る。
セラが振り返った時には、すでに森に潜んでいたウインキングオウルが動き出していた。
森の中に青い瞳が現れる。それに気付いたアウリオが駆け出し、シャベルでバトゥの足を掬って転ばせる。
バトゥを狙って飛んできていたウインキングオウルが咄嗟に狙いを変更し、アウリオの顔を目掛けて鉤爪を突き出す瞬間、アウリオが右腕を突き出した。
アウリオの腕を覆う防具と鋭い鉤爪が激突する甲高い音が鳴り響く。
直後、アウリオの右から別のウインキングオウルが音もなく接近し、がら空きのアウリオの右わき腹に深く鉤爪を食い込ませた。
「アウリオッ!」
起き上がったバトゥが渾身の蹴りでアウリオからウインキングオウルを遠ざける。
獲物をしとめきれなかったのが悔しいのか、ウインキングオウルは森の上を一周回ってからどこかへ飛び去った。それに合わせて、森に潜んでいた他のウインキングオウルたちも飛び立っていく。
その数は二十を優に超えていた。




