第十一話 祝福
ダ・クマの見立てでは吹雪は明日の昼、遅ければ明後日の朝まで続くらしい。
セラの見立ても同様だと話すと、人型に戻ったイルルはベッドの上で毛布に包まりながらあからさまに嫌そうな顔をした。
「じゃあ、明日は吹雪の中を歩くの?」
「歩くとしても私ですけどね。イルルは猫姿で服の中ですから」
「そうそう、猫の姿だとセラの胸ってちょうどいいふくらみと曲線で乗っててすごく居心地よかったよ。猫視点で極めて美乳、満点評価をあげちゃいます」
「その評価は胸にしまっておいてください」
今後の人生で一切役に立たない評価をもらっても嬉しくない。
セラは呆れてしまうが、ずっと猫姿で人と話すこともできなかったイルルは会話に飢えているらしい。
「山の悪主の話はキノルの受付嬢とお昼を食べてるときに聞いたよ」
「いつの間にそんなお食事会が?」
「セラも誘ったんだけどバルディミアの花がどうとかで来てくれなかったんじゃん」
「あぁ、処理に時間がかかるので。ごめんなさい」
素材の処理を優先して交流の時間を取らないから左遷されたのだと改めて反省しつつ、直後にはバルディミアの花の方が重要かと考え直す。
イルルは話をつづけた。
「山の悪主は雪をまとったゴースト系の変異個体みたい」
「厄介ですね」
死体が本体のアンデッドとは違い、ゴーストは意思を持った魔力が本体だ。何かに憑りついて仮初の肉体を得ることもあるが、あくまでも仮の肉体なので壊したところで別のものにとりつく。
アンデッドだと誤認してゴーストを討伐した冒険者が憑りつかれ、暴れまわった事件がある。
おそらく、山の悪主と呼ばれるゴーストは吹雪くたびに雪で仮初の肉体を作り出すという変異を遂げた魔物だろう。
「ゴーストと分かっていれば聖水で討伐できますが、この外気温だと厳しいでしょうね」
ゴースト系の討伐に効果がある聖水はポーションの一種だ。
セラも当然、聖水の調合はできる。
だが、聖水は十度以下では成分が析出してしまい効果をなくしてしまう弱点がある。吹雪の中で山の悪主と出会って聖水をぶつけようとしても成分が析出していて有効打にならない。
二百年放置されるはずだとセラは納得した。
「セラなら討伐できるんじゃない? 聖水の改良版みたいなのを作って『ポイッ撃破!』みたいに」
「準備をすれば討伐できますけど、改良版なんて作る必要がありません。実体魔力のポーションを飲んで、聖水入りの瓶の周囲に暖かい空気を保存し外気温に抗いつつ、遭遇と同時にぶつけるだけです」
「力技だー」
くすくす笑うイルルの言う通り、あまりスマートなやり方ではない。
できないことがあればできるようになる方法を考える。それ自体は正しい。
だが、既存のポーションで出来ないことをポーション以外の方法で解決するのは錬金術師の名折れだ。美学に反する。
ましてや、実体魔力のポーションはセラ以外にまともに飲むことができないらしい。アウリオでさえ飲むたびに覚悟を決めるほどだ。
セラの案は誰でも可能な普遍的な技術ではなく、セラ個人の実力ということになる。セラの錬金術師としての実力ではない。
「十度以下でも品質を保てるポーションですか。考えてみましょう」
「セラ? もっと話したいんだけどぉ~? 聞こえてるかな? あれぇ?」
イルルの声を聞き流して、セラは瞼を閉じる。
誰かの声を聞き流すことに躊躇いはない。たとえそれが左遷に繋がるとしても。
※
「――師匠はなぜ、私を弟子にしたんですか?」
すりこ木でポーション材料の木の実を砕きながら、七歳のセラは師匠に質問した。
雑に切った黒髪に不釣り合いなほど綺麗な白衣を纏う陰気な師匠は気怠そうな視線をセラに投げる。
「……は?」
答えるのも面倒臭い。ただ一語でここまで如実に表現できるのは一種のコミュニケーション能力だろう。
それでも、師匠はセラの視線を真正面から受けてくれる。
だからセラは質問を続けた。
「師匠なら、路地裏で私みたいな子供を拾わなくても弟子入りしたがる人がたくさんいます。この間も、基礎ができている人を門前払いしていました」
「あぁ、あの国家錬金術師の試験落ちの男か。何か言われた?」
「僕は他をあたるけど、君はあの人に学んで立派な錬金術師になるんだよ、って言われました」
「どう思った?」
「何も思いませんでした」
セラは正直に答える。師匠に嘘はほぼ通じないことを知っているから。
師匠は「くっくっく」と小さく笑う。物語に出る悪い魔女そのものの笑い方だった。
「それだよ。お前を弟子にしたのは」
セラは首を傾げる。
師匠は続けた。
「私に弟子入りしようなんて奴は、世のため人のためだと志を掲げる良い子ちゃんだ。別に悪いことじゃない。立派な志だ。立派な志を持っている奴は私んとこじゃなくても拾われる」
セラは納得した。つまり消去法だ。志がないから拾われたのだと。
しかし、セラの解釈は間違っていた。
師匠は絶妙な温度調整が必要な作業を五つ、指先から流す魔力で並行して行いながら空いた手でセラの額をつつく。
「世のため人のためだなんていう奴の優先順位は薬だ。他には害虫、害獣駆除剤なんかもある。人相手の毒薬は作らない。だが、セラは作る。罪悪感もなくね」
現在進行形で羊を永久脱毛させるポーションを作っている人が何を言っているのかとセラは思う。
そんなセラの表情を見て、師匠はまた小さく笑った。
「作りはするが、世に広めたりはしない。倫理観はきっちり持ってるからね。自己満足で研究に没頭できて、一見無駄な研究でも思いついたら始めてしまう。私がセラを拾ったのはそういう理由だ」
要するに、同じ人種だから拾ったのかとセラは納得した。
作業を終えた師匠がセラに向き直る。
「ちょうどいいから呪いをかけてやろう」
「呪い?」
問い返すセラの顔を両手で挟み込み、師匠がセラの顔を覗き込む。
「セラ、私は錬金術しか教えない。錬金術以外を学ばせない。だから、セラは一生涯、錬金術を全力で研究し続けなくてはいけない。なぜなら、技術は発展していくからだ。研究し続けなければセラの技術は平均になり、劣等に落ちる。そうなれば、セラには何も残らない」
「師匠……」
セラは師匠の黒檀色の目を見返して……笑った。
「祝福ですよ、それ」
「祝福?」
怪訝な顔をする師匠の顔を両手で挟みかえし、セラは言う。
「師匠は私が全力を出せば誰も追いつけないって保証してくれたんですよ」
「……私は脅しの才能がないみたいだ」
小さく笑った師匠はセラの頭を乱暴に撫でて作業に戻った。
――今になって思う。
師匠には脅迫の才能もあったと。




