第八話 美白美容液(偽
セラは密売されていた蜂蜜の分析結果を持ってギルド長マルドクを訪ねた。
「結論から申し上げますと、クレバスハニーのような麻薬成分は検出されませんでした」
マルドクが大きな手で蜂蜜の入った小瓶を持ち上げ、中身を揺らす。
粘性の低い黄金色の液体が揺れる様子を眺めるマルドクに、セラは成分分析の結果を告げる。
「蜂蜜と水を混ぜただけのものと考えられます。美白効果を持つ成分は確認できませんでした。詐欺商品ですね」
「どこかのタイミングでクレバスハニーの密売から足を洗って詐欺商品を扱うようになった、と? いまいち分からんね。麻薬の方が儲けもでるだろう」
そもそも、日照時間が少ないためかキノルの住民は肌が白い。他所からの観光客が自分と比べて購入意欲をみせる可能性はあるが、雪で交通が寸断されるこの時期は観光客が少ない。
謎だらけではあるが、麻薬でない以上は取り締まりもできない。マルドクがそう結論付ける前に、セラは続けた。
「冒険者が関わっている可能性は正直低いと思います。ただ、密売人を捕らえて事情を聞きたいと一錬金術師として考えています」
「ふむ。衛兵に任せてしまう方が無難だと思うがね?」
冒険者ギルドは一種の自治組織として機能しているが、麻薬などの王国全土に根を張りかねない組織犯罪は国に捜査を丸投げする方が早く解決する場合がある。
冒険者が関わっていない以上、王国から因縁をつけられる可能性も低くなり、マルドクとしては手を引く頃合いだと見たのだろう。
国家錬金術師のセラへの待遇と国への不信感は別のものらしい。
だが、マルドクはセラの意見を聞く態度を示してくれた。
セラはマルドクが持っている小瓶を指さす。
「まず検査結果として事実をお伝えします。その小瓶の液体ですが、おそらくはキノル周辺で作られています。根拠として、キノル固有の植物の花粉を検出しました」
「それだけで断定すべきではないと思うが? 花粉が入っていたのなら蜂蜜に由来するだろう。蜂は意外と行動範囲が広いぞ。それに、蜂蜜だけを別の場所に持って行った可能性もある」
「もう一点が重要なんです。蜂蜜を水で溶かしただけと思われるその液体ですが、魔力の含有量が少ないんです」
ぴくり、とマルドクの眉が動く。
小瓶をまじまじと見つめたマルドクは「ほぉ」と小さく呟いた。
「錬金術師として、か。もう少し具体的に聞きたいね」
「材料の蜂蜜に含まれていた魔力が少ないのか、溶かし込んだ水に含まれていた魔力が少ないのか。その水をどこで採取したのか。それらを知ることで現在、キノルの錬金術師が原因究明に動いているポーションの魔力含有量の低下の原因が分かるかもしれません」
衛兵が密売組織を本気で捜査するかは分からない。麻薬ならいざ知らず、売られているのは効果がないと専門家が断言できる美容系の詐欺商品だ。プラシーボ効果で肌が白くなったと信じる客も出てきてややこしくなるだろう。
それに、衛兵が密売組織を摘発したとしても捜査資料が冒険者ギルドに回ってくるはずがない。衛兵は国の所属で冒険者ギルドはあくまで民間団体だ。しかも、冒険者ギルドは国を敵視している。
この件はキノル冒険者ギルドが動かなくては情報が得られない。
「一番嫌な展開は、他の地域でも知られていないだけで魔力含有量の低下が問題になっているかもしれないってところだな」
マルドクがため息をつく。
セラやキノルの錬金術師と違って冒険者ギルドはあくまでも消費者側だ。いざという時には遠方から魔力含有量の多いポーションを取り寄せることもできる。
だが、魔力含有量の低下が他の地域でも起きているとすれば、気付いた時にはまともなポーションが品薄になっているかもしれない。
「よし、やっちまうか。詐欺なのは間違いないんだからな」
そうと決まれば、とマルドクは椅子から立ち上がり、つかつかと歩いて扉を開けるなり廊下に向かって声を張り上げた。
「ハーニア! 明日、決行!」
ハーニアとは誰だろうかと首を傾げるセラの耳に、雪の女王のような冷厳な声が聞こえてくる。
「本日の夜には決行できますが?」
「なら今晩!」
「かしこまりました」
即断即決即行動、冒険者ギルドらしい速度感で密売組織の取り締まりが決まったらしい。
むしろセラの方が不安になる。
「もう密売組織の構成員などは身元が割れているんですか?」
「七割がたは特定してある。今朝に入った情報で、地滑りが起きて道路も封鎖されているから逃げ場はない。七割を捕まえてお話を聞けば残りの三割もすぐ割れる。麻薬と違って詐欺商品なら、顧客は騙された被害者だから逮捕の必要もない」
麻薬の場合は使用者も処罰されるが、今回は麻薬成分がないうえに美白美容液として販売された詐欺商品。使用者はただの被害者となる。
セラはマルドクに質問する。
「冒険者ギルド長は法律知識がないと務まらないんですか?」
「国に因縁をつけられないように身構えていると自然と身に付くんだ。嫌になるがね」
そう言って、マルドクは心底うんざりした顔で肩をすくめる。
「ともかく、これで今晩のうちに密造組織は壊滅だ。証言を得られたらすぐにセラさんに提供するから、整合性を突き合わせてくれ。それと、現時点で魔力含有量の低下について分かっていることがあれば教えてほしい」
密売品については片付いたと判断したのか、マルドクは素早く思考を切り替えてセラに話を促す。
だが、セラとしては困ったことに原因については分かっていることが少ない。
「キノルの錬金術師の皆さんと同じ見解です。素材か環境に原因があるのでしょう。それを特定する手掛かりとしても、今回の密売品について知りたいんです」
「セラさんの話を聞く限り、蜂蜜を溶かしている水こそが原因だと思うがね?」
密売品とキノルで調合されるポーションに共通する材料は水、マルドクの想像は間違っていない。
だが、錬金術師として断言するわけにもいかない。
「地脈などの環境要因の可能性を取り除けないので、断言できません」
「確証か。重要だな」
確証を得るために弟子たちを各地に派遣したキノルの錬金術師を知っているからか、マルドクはすんなりと納得した。
椅子に座りなおしたマルドクはセラを見る。
「密売組織の件はこちらで対処しよう。ただ、セラさんの懸念通り、ポーションの魔力含有量の低下に関しては楽観視できない」
反応を見るようなマルドクの視線に臆せず、セラは口を開く。
「風笛草の備蓄が少ない件ですね?」
「まぁ、セラさんなら気付くよな。試すつもりはなかったんだ。ギルドとしても少し困った事態でね」
マルドクは壁に貼ってある地図を指さした。
「風笛草を商うボグス族が販売を渋っているようなんだ」




