第七話 お巡りさんこの人です
「セラさんから夕食のお誘いなんて珍しいと思えば、仕事の一環とはね」
なんで想像しなかったかな、とアウリオが苦笑する。
キノルの中心部から少し外れたバーで、セラはアウリオと落ち合っていた。
イルルから報告を聞いたキノル冒険者ギルド長マルドクは数日悩んでセラに頼んだのだ。
『クレバスハニーと思われる密売品を手に入れ、成分の分析をしてほしい』
マルドク曰く、二か月ほど前に入手したクレバスハニーは間違いなく本物だった。キノルの錬金術師による鑑定も行われて記録も残っている。
どこかのタイミングで密売品が変わったのなら、罪に問えるかどうかも分からなくなる。
美白美容液として売られているのも厄介だ。マルドクや男冒険者では警戒されてしまう。
そんなわけで、キノルに来てまだ日も浅い女性であるセラと護衛のアウリオにお鉢が回ってきた。
デート中のカップルを装って売人が出没する路地裏へ赴き、客を装ってクレバスハニーを入手する。それが今回の依頼である。
「一応、実体魔力のポーションを飲んであります。荒事になっても多少は凌げるでしょう」
「あのポーションを飲んだセラさんは大砲を打ち込まれても無傷だろうからね」
小型とはいえ船ごと海水を持ち上げるほど強力な効果だ。人の力でセラを制圧するのはかなり難しい。
お酒は飲まずに雰囲気だけ楽しんでデート感を出しつつ店を出る。
年齢は釣り合うはずだが、甘酸っぱい空気には全くならなかった。元々、セラは錬金術一筋で恋愛経験もさっぱりない。どんな会話をすれば盛り上がるのかなんて想像もつかない。
とりあえず仕事の話は違うだろうと、セラは夜空を見上げた。
「明日は雪ですね」
「話題に窮して天気の話をし始めた?」
「ばれましたか」
錬金術一筋のセラから仕事を取り上げたら何も残らない。
苦笑したアウリオが話題を提供してくれる。
「一昨日、依頼を受けて山に入ったんだけど、ユキカスミが咲いてたよ」
雪に埋もれてしまうような白い小さな花をたくさんつける植物だ。薬効なども特にないのでセラの仕事範囲外である。
とはいえ、有名な冬の花だ。
「花言葉は『私を見つけてください』ですよね。あまり人や動物が入らない場所に咲くので」
種が脆く、踏まれるだけで発芽しなくなる。
つまり、アウリオは他の冒険者も入らないほどの山奥まで入ったのだろう。
「一昨日は小雨がぱらつきましたけど、山はどうでしたか?」
「また天気の話?」
小さく笑いながら、アウリオは自然な動作で路地にセラを誘導した。
「雪が少し降ったけど、吹雪かなくて助かったよ」
「風の向きなどを考えると、咲いていたのは山向こうの中腹ということになりますね」
「あ、推理してたんだ……」
話しながら路地を歩くと、向かい側から帽子を目深に被った中肉中背の男が歩いてきた。やや猫背で大股な歩き方。クレバスハニーらしきものを入れた鞄を右側にして壁際を歩く姿。
イルルから聞いていた通りの風貌の密売人だ。
アウリオがさりげなくセラを左側に寄せた。いざというときには盾になれる位置取りだ。
セラも実体化した魔力を繊細に動かしながら備える。
会話を続けながらすれ違う瞬間、密売人はちらりとセラを見て興味をなくしたように路地の出口へ視線を戻した。
どうやら、客としての資質がないとみなされたらしい。なぜだ。
後ろから声を掛けられるかもしれないと備えたが、結局はそのまま路地を抜けてしまった。
アウリオが困ったように路地を振り返る。
「声、掛けられなかったね」
「美容に意識を割いていないと思われたのかもしれません」
「セラさんは怪しい美白美容液に頼る必要がないくらい美人だからね。ある意味、選考ミスだったかな」
「いえ、単純に彼氏と歩いているのににこりともしない無表情だからかと」
いつもの白衣ではなくそれなりにオシャレをしてきたのだが、空ぶった。ちょっと悔しい気持ちがないでもない。
「帰りましょうか」
「そうだね。目的も達したし」
「気付いていましたか」
セラの足元を音もなく小瓶が漂ってくる。正確にはセラが実体魔力で密売人の鞄から抜き取ったクレバスハニーと思しきものだ。
手を伸ばすこともなく最低限の動作で小瓶を抜き取ったはずだが、あの路地の暗がりの中でもアウリオは見逃さなかったらしい。
「密売人には気付かれてないよ。ただ、早めに立ち去った方がいいのは確かだ」
アウリオに促され、セラは小瓶を実体魔力で目の前まで持ち上げて観察しながら冒険者ギルドへ向かう。
アウリオが小瓶を覗き込んだ。
「どう? クレバスハニーで間違いない?」
「いえ。クレバスハニーではないです。ただ、あまりに粘性が低いのでただのハチミツでもないですね」
「蜂蜜酒とか? 密造酒的なやつ」
「アルコールの香りもしません。成分分析しないと正体は分かりませんが、蜂蜜を水に溶かしただけに見えます。ポーションでもないです」
専門家のセラの目でもいまいちよくわからない液体だ。
アウリオが心配そうに小瓶を指さす。
「麻薬じゃないなら取り締まり対象じゃないだろ。これ、スリにならない?」
「なりますね。イルルから値段は聞いていたのであの鞄に入れておきましたけど」
捜査の一環とはいえ、悪いことをしたなとも思う。
「無実が証明出来たら謝りに行きますよ」
――おそらくは謝る必要はないだろうけど。
セラは小瓶を揺らして月明かりにかざし、目を細めた。