第五話 魔力含有量
セラに与えられた研究室はギルドの一階奥にあった。
天井が高く、窓はこのギルド会館では少ない一重窓、石の床も相まって肌寒さを感じる研究室だ。
ただ、広々としていてボヤ騒ぎや爆発が起きても他の部屋に迷惑が掛からない配置になっている。増築を繰り返した弊害で迷路状の建物だから、事故が起きても最悪の場合この部屋を隔離すれば済む。
一重窓なのも、張り込みをしてきたイルルが研究室に直接戻ってこられるようにとの配慮だ。二重窓だと窓を猫の手でノックしても中のセラが音に気付けない。
研磨された石のテーブルを作業台と定めて、セラは機材などを並べていく。
最初に確かめるのは町に出回っているポーションの価格や品質だ。
「イルル、少し出かけますが一緒に行きますか?」
「私はもうちょっとあったまりたい……」
イルルはそう言って、本物の猫のようにブランケットにくるまって丸くなる。
この状態で本当に長時間の張り込みなどできるのだろうかと少し心配になった。
「イルルに合わせて効果時間の長い耐寒ポーションの材料も買ってきますね」
「ありがとー! あと、キノル名産のキノルオレンジも食べてみたい」
「調子に乗らないの」
イルルの額を人差し指でつついてから、セラは留守を任せて研究室を出た。
相変わらず迷路のような建物だが、研究室の面する廊下には裏口があり、そこから簡単に外に出られる構造になっている。
ギルド裏口を出たセラはギルド長室で見た町の地図を思い出しながら広場を目指して歩き始めた。
広場には半ば常設のテントで商売するバザーが開かれており、許可を得た商人が様々な品を扱っている。人はあまり多くなかったが、店自体はまだ営業中のようだ。
セラは周囲を見回してポーションを売っていそうなテントを探す。
広場の奥へと進んでいくと古びたテントに行き当たった。他に比べて大きく、三つのテントを並べて間に布をかけることで天井にし、一つの店として使っているらしい。
中を除くと一目で魔道具と分かるガラス扉の大きな箱の中にポーションが収められていた。
「……いらっしゃい」
セラに気付いた店主のお爺さんがしわがれ声で挨拶してくれる。
「あんた、冒険者ギルドに来た国家錬金術師だろう? 何かお探しか?」
一目でセラの正体を言い当てたお爺さんは真横に置かれた身の丈以上の魔道具の箱を拳でコンコンと叩く。
「うちで扱ってるのはキノルの錬金術師が調合したポーションと処理した素材、調合水だ。弟子が出払っているのは聞いたかな? いま、錬金術師連中で素材や調合水を融通しあって弟子の穴を埋めてるんだ」
「なるほど。調合水なんて誰が買うのかと思いましたが、そういう事情でしたか」
普通、錬金術師は調合水を自分で作り置きしている。素材を溶かしやすくしたり手間を省くための素材が調合水なので錬金術師以外に需要がないのだが、売る理由があるらしい。
「品質の低下が起きていると聞きましたが、見せていただいても?」
「構わんよ。ルベイト調合水とセリカナ調合水なら王都の人でも扱うだろう」
「王都だとセリカナ調合水はあまり使いませんね。気温が氷点下を下回ることが滅多にありませんから」
セリカナ調合水はポーションの凝固点をマイナス五十度まで下げる効果がある。極寒の地でもポーションが凍結しなくなるのだが、王都での需要はあまりない。
研究室勤めだったセラは良し悪しがわかるので、両方とも見せてもらった。
色は完璧に近い仕上がり。粘性なども異常は見られない。視覚的には高品質といっていい調合水だ。
セラは不思議に思いつつ、財布から銅貨を出して店主に渡した。
「……味見してみます」
「あぁ、そういうタイプか。構わんよ。一般的な材料と製法で作ってある」
セリカナ調合水を口に含み、味を確認する。
材料に使われている少量の岩塩の塩味。適量なのは味でわかる。ミマ丸苔の乾燥粉末特有のほろ苦さ、こちらも問題ない。
だが確かな違和感がある。
「魔力の含有量が少ないですね」
「味でわかる奴はなかなかいないんだけどもね。ご名答」
店主が軽い調子で拍手する。
セリカナ調合水の魔力含有量は品質にあまり影響がない。ポーションの凝固点を下げる効果の方が主だからだ。完成したポーションの服用時に必要な魔火が少し多くなる程度の違いしかない。
それに魔火を肩代わりする風笛草を使えば従来通りのポーションを作れる。
だが、現実的な問題として、風笛草は品薄になっている。
「私の方でも少し調べてみます」
「何かわかったら共有してくれ。弟子どもからの報告ももう少ししたら来るだろうから、その時は冒険者ギルドに持っていこう」
店主はそう約束して、協力者へのサービスだといくつかの薬草を見繕って袋に入れてくれた。
「需要の高いのをいくつか詰めたが、他に何か欲しいものはあるか?」
研究用に何か買おうかと商品を眺めていたセラは、店主に質問されていくつかの素材を挙げる。
店主は本職だけあって、挙げられた素材だけでセラが何を作ろうとしているのかを察したらしく、首を傾げた。
「犬猫用の耐寒ポーションか? ペット同伴で出向してきたんだな」
「ちょっとした研究用です」
イルルの変身魔道具については伏せておくことになっているのでセラはごまかした。
「それと、風笛草はありませんか?」
ギルドの在庫に少し残っているのは確認したが、市場にどのくらい出回っているのか気になって質問する。
店主は意外そうな顔をしてセラを見た。
「風笛草は冒険者ギルドの専売状態だよ。うちにあるはずないだろう」