第四話 密売品
薪ストーブ完備の更衣室は暖かく、ストーブの排気を鉄管に通して隣の休憩室に繋げてあった。
増築され続けたらしい建物といい、キノル冒険者ギルドは設備を充実させられるほど儲けているようだ。
着替えを済ませたセラとイルルは休憩室を通って廊下に出る。先ほどの受付嬢が待ってくれていた。
「増築を繰り返したせいで館内は迷いやすいんです。少しずつ覚えていってください」
言葉通り、階段が二階までしかなかったり、部屋も窓も隣接していない殺風景な廊下を通ったりとまるで迷路のような構造の館内を案内される。
建物の奥の方にギルド長室はあった。
「ギルド長、例のお客人をお連れしました」
「あぁ、来たか。入ってくれ」
受付嬢が扉を開け、横に立つ。セラはイルルと共にギルド長室に入った。
こじんまりした部屋だ。執務机と資料棚、地図が張られた壁。来客用のソファだけが新しく、他は年季が入っている。
わざわざ立ち上がってセラたちを迎えたギルド長は背丈も肩幅も大きな男だった。見た目はほとんど熊だ。
「キノル冒険者ギルド長のマルドクだ。ようこそ、キノルへ」
意外と友好的に迎えてくれるマルドクはセラとイルルに自己紹介を促すように視線を向ける。
セラは国立錬金術師ギルド本部から送られて来た命令書をマルドクに差し出した。
「国立錬金術師ギルド本部よりキノル冒険者ギルドへの出向を命じられました。国家錬金術師のセラ・ラスコットです」
「ヤニクの冒険者ギルドの要人として護衛がつけられたそうだね。コロ海藻については概要しか知らないんだ。後で詳しい話を聞かせてくれ。正直、なぜうちが出向先に選ばれているのか見当がつかないんだ」
「単に左遷されているだけなのでお気遣いなく」
「左遷されるような錬金術師を要人として扱うほど冒険者ギルドは暇じゃないさ」
見た目のわりに控えめに笑って、マルドクはイルルを見る。
イルルはコフィから渡されていたらしい手紙をマルドクに差し出した。
「ヤニク冒険者ギルドより参りました。イルル・タリューです。変身魔道具で猫に変身できます」
「あの件か。遠路はるばるありがとう。本当に助かるよ」
マルドクはほっとしたような顔で感謝し、壁に貼ってある町の地図を指さした。
「ちょうどいい。セラさんも専門だろうから話を聞いてくれ。実は、半年ほど前からクレバスハニーが出回っている」
クレバスハニーと聞いて、セラとイルルは揃って顔をしかめた。
雪原に時折発生するクレバス。雪が積もって崖などの見分けがつかなくなったものを指す。クレバスハニーはこのクレバスの中に巣を作るミツバチの一種が貯め込むハチミツだ。
厄介なのは、このクレバスハニーが雪山に生息する麻薬植物スリーニリの成分を豊富に含んでしまい、麻薬として使用されてしまうことだ。
スプーン一杯で酩酊感、高揚感が現れ、体内魔力の増大を錯覚し万能感をもたらす。中毒性は高くないが、常用すると失明や言語障害、魔力の循環異常を引き起こす。
王国法では使用すれば極刑、不当に所持していれば島流しか国外追放となる重罪として扱われている。
「イルルさんにはいくつかの張り込み場所でクレバスハニーの売人と客を監視、リストを作ってほしい。身柄の確保や身辺調査はこちらで信用のおける者を用意してある。長時間の張り込みになってしまうだろうが、猫ならばそれほど注意を向けられないだろう」
多少の危険は伴うが、幸いというべきかキノルの家々は二階建て以上が標準で、屋根の上で寝そべる猫に気付く者さえ少ない。イルル向きの仕事だ。
マルドクは町のいくつかの地点を指さしていく。
「張り込んでほしい場所はここだ。後ほど現場に案内しよう。それと、冒険者が犯行に関与している可能性があるため、イルルさんはセラさんの助手ということにしてもらえないだろうか?」
マルドクの提案にセラはすぐに頷いた。
「構いません。イルルさんは?」
「私もそれでいいですよ。ポーションの調合とかは手伝えないから、セラさんに専用の研究室をください。助手が何もせずにほっつき歩いていたら外聞が悪いと思うので」
「当然、それも配慮しよう。研究室はすでに用意してある。ただ……」
マルドクは困ったように愛想笑いして続けた。
「どんな機材が必要なのかもよくわからなくてね。町の錬金術師との取引にも影響しかねないからあまり予算も付けられない」
「ヤニクと同じですね。最低限の器材は自前のものがあるので何とかしましょう」
ヤニクと違い、素材などはギルドの倉庫から融通してくれるらしい。それだけでもありがたい。
マルドクは執務机に戻り、引き出しをガサゴソ漁り始める。
「えーっと、たしかこの辺だったんだけど。あれ? ……あった、あった。セラさんにこれを渡しておこう。現在キノルで不足しているポーション一覧だ。キノルの錬金術師は高齢の方が多くて、調合に力仕事が必要なポーションが不足しがちなんだ。この一覧にあるポーションを優先して作ってほしい」
あらかじめ町の錬金術師との住み分けも考えてくれたのかと、セラはありがたく一覧を受け取る。
ざっと見てみると、素材同士を長時間練り合わせるポーションなどが多い。
「本来なら弟子に任せるような作業を含むポーションが多いですね」
「弟子も何人かいるんだが、その弟子は全員、キノルを留守にしている」
「弟子だけが留守に? なぜですか?」
「どうも、キノルで作ったポーション? 調合水? なんだか、そういったものの出来が良くないらしいんだ。それで、付近の村や町で同様の手順で作って比較検討をしているとのことでね」
素材の質や水質などでポーションや調合水の品質に問題が起きる場合はある。
セラは一覧を読みながら、先に品質の調査をしようと決めた。