第四話 薬草茶
いくつかの薬草を取り出して、私物の調合器具をテーブルに並べる。
焦げたような臭いを放つマルヴィ草を適量の塩と共にすり鉢で潰していく。それだけで焦げ臭さが取り払われてブドウのような甘い香りに変わる。すり潰したマルヴィ草を濾した液にエデナの花を刻んで加え、一秒間に五十回転する遠心分離器にかける。
遠心分離器に動力となる魔力を注いでいると幌馬車からミュンリーが出てきた。手にはパンと果物を持っている。夕食だろう。
テーブルに並んだ調合器具を見てミュンリーは興味深そうにセラの対面に座った。
「なになに、ポーションの調合?」
「ただの薬草茶ですよ」
素人目には同じものに見えるのだろうが、ポーションと薬草茶は明確に違っている。
ポーションとは服用者の体内魔力を消費して効果が発揮されるもので、薬草茶や医薬品は体内魔力を消費しないという区別がある。
なので、セラが調合している薬草茶はどちらかと言えば錬金術師よりも医師の領分だ。
ただ、医師と錬金術師の区別がそもそもあやふやで、兼任している人もいる。
「そういえば、今夜の見張りは誰が担当でしょうか? 私も旅の途中でやった方がいいですよね?」
「セラさんはお客さんだから見張り番はないよ。今夜の当番はあたしだけど、冒険者たちが主であたしら商人組は冒険者たちがちゃんとやってるのか監視みたいなもん」
その昔、護衛の冒険者に紛れた盗賊が夜襲の手引きをしていたことがあるらしく、商人も起きているようになったのだとか。
「ならせめて、眠気覚ましの薬草茶を入れましょうか」
「本当? 助かる!」
話をしているうちに遠心分離器が動き出し、溶液が分離される。マルヴィ草由来の緑色をした沈殿物と少し青味のある液体だ。
このままだと塩味が強すぎるので適量のお湯に混ぜて飲むのがマルヴィ茶である。
野営地の中央に昔からあるらしい石積の窯があり、そこから火をもらってきてお湯を沸かす。
周辺の森に盗賊や魔物の痕跡がないか調べてきたらしいバトゥが戻って来た。
「ミュンリーさん、ちょっといいかな? 耳に入れておきたい情報がある」
「何か見つかった?」
椅子から立ち上がろうとするミュンリーにバトゥは手で座ったままでいいとジェスチャーして、後から森を出てきたベックに隊商長ターレンに報告するように促した。
ベックがターレンの荷馬車に走っていく。
ミュンリーが険しい顔でバトゥの報告を促した。
「それで、なにが見つかった?」
「見つからなかったから、困ってる。このあたりに生息しているはずのレクトマウスって大型のネズミが見当たらない」
レクトマウスは王都にもたびたび現れて問題になる大型のネズミだ。温和な性格で人や家畜に危害を加えることはめったにないが、尻尾に茨のような棘があり微弱な毒を持つ。
ただ、食物連鎖の下の方にいるため、人の気配が強い場所を縄張りにして危険な動物から身を守ろうとする傾向がある。冒険者たちにとってもレクトマウスがいる場所は強力な魔物や猛獣がいない証拠になるのであまり間引かない。
そのレクトマウスが近くにいないということは――
「魔物か猛獣がいる?」
ミュンリーの言葉にバトゥが頷き返す。
「可能性が高い。念のため、寝る時には馬車の中にいてほしい。いざ襲撃って時に出遅れないように」
「わかった」
見張り番のミュンリーはともかく、セラは馬車の中で眠ることになるらしい。
セラは出来上がったばかりのマルヴィ茶をコップに注いでバトゥに差し出す。
「どうぞ。疲労回復効果のある薬草茶です」
「おっ、ありがとう。……美味いな」
一口飲んで目を丸くしたバトゥが大事そうにちびちびとマルヴィ茶を飲み始める。
ターレンに報告を終えてきたベックにもマルヴィ茶を差し出すと表情はあまり変わらないのにどこかほんわかした雰囲気を纏い始めた。
「……ん。これは凄いな。自覚できるくらい疲労が消える。ありがとう」
よほど気に入ったのか、残りのマルヴィ茶を物欲しそうに見るベックに、セラは原液を少し分けてあげた。
「これで五杯分くらいになります。筋肉の疲れはとれますが、精神的な疲労感は残るので過信しないでくださいね」
「あぁ、わかった。重ねて礼を言う。ありがとう」
残りの原液で二杯分のマルヴィ茶を作り、一杯をアウリオに持っていく。
木の間にハンモックを吊るしてくつろいでいたアウリオは話を聞いていたらしい。視線はセラを向いていた。
「俺の分もあるんだ? ベックに渡していたからもうないかと」
「ちゃんと残してありますよ。どうぞ」
「どうもありがとう」
セラが差し出したコップを両手で受け取ったアウリオは口をつける前に顔色を変えてハンモックから飛び降りた。
アウリオが投げ出したコップが地面に落ちる。空いた手で剣を抜いたアウリオは森とセラの間に立って庇う。
アウリオは地面にこぼれたマルヴィ茶を見て申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように声を上げた。
「――敵襲!」